二つの言語を比べて「似ている」と感じるとき、私たちはたいてい単語の響きに注目する。だがラスクは、この直観に、はっきりと待ったをかけた。単語の似ている・似ていないは、言語どうしの本当の関係を測るには、まったく頼りにならない、というのである。
単語は、驚くほど簡単に旅をする
ラスクの理由づけは単純明快だ。民族どうしが接触すれば、単語は言語の壁を軽々と越えて移動する。デンマーク語の単語がグリーンランド語に入り込み、ポルトガル語やスペイン語の単語がマレー語やタガログ語に入り込む——起源も系統もまったく異なる言語どうしでも、こうした語彙の行き来はいくらでも起きる。つまり、二つの言語に似た単語が多いからといって、それだけでは祖先が同じだという証拠にはならない。
文法は、めったに旅をしない
ところが文法は事情が違う、とラスクは言う。
Den grammatikalske Overensstemmelse er et langt sikrere Tegn paa Slægtskab eller Grundenhed; thi man vil finde at et Sprog, som blandes med et andet, yderst sjelden eller aldrig optager Formforandringer eller Bøjninger af dette, men omvendt taber snarere sine egne. (文法上の一致は、言語どうしの親族関係、あるいは根本的な同一性をはるかに確かに示す徴である。なぜなら、ある言語が別の言語と混ざり合うとき、その言語の語形変化や語尾変化を取り入れることは、きわめて稀か、あるいはまったく起きないことがわかるからだ。むしろ逆に、自分自身の語形変化のほうを失っていく。)
英語はアイスランド語やフランス語の語尾変化を取り入れたことはないが、古英語(アングロサクソン語)が持っていた語尾変化の多くは失った。デンマーク語はドイツ語の語尾を取り入れておらず、スペイン語もゴート語やアラビア語の語尾を取り入れていない——単語は借りられるが、文法の仕組みそのものは、よそから借りてくるものではなく、擦り減っていくだけのものだというのが、ラスクの観察である。
「文法が複雑なほど、古い」という目安
ここからラスクは、もう一つの実用的な目安を導き出す。もっとも技巧的で複雑な文法を持つ言語は、もっとも混ざっておらず、もっとも古く、もとの姿にもっとも近い、というのだ。文法の語尾変化は、新しい言語が生まれるたびに擦り減っていき、それを新たに作り直すには長い時間がかかる。だから、デンマーク語はアイスランド語より単純で、英語は古英語より単純だ。同じ関係は、現代ギリシア語と古典ギリシア語、イタリア語とラテン語、ドイツ語とゴート語のあいだにも成り立つ、とラスクは指摘する。単純さは新しさの証拠であり、複雑さは古さの証拠になる——この物差しが、のちの比較言語学全体の基本前提の一つになった。
まとめ
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 通俗的な判断基準 | 単語が似ているかどうかで、言語の親族関係を判断する |
| ラスクの反論 | 単語は言語間で簡単に借用されるため、証拠として弱い |
| 頼るべき基準 | 文法の語尾変化。ほとんど借用されず、擦り減るだけ |
| 導かれる目安 | 文法が複雑な言語ほど、より古く、混ざっていない |
一言でいえば——似ている単語に飛びつく前に、まず文法を見よ。この一見地味な助言こそが、比較言語学という学問の出発点になった。