『古ノルド語の起源に関する研究』第1章「語源学一般について」は、いきなり従来の学問への批判から始まる。

「気まぐれの遊び場」という、書き出し

ラスクはこう切り出す。

Etymologien er en Disiplin, som Grækere og Rommere ikke egentlig dyrkede, og som har givet de urimeligste Meninger og latterligste Griller frit Spillerum. (語源学は、ギリシア人もローマ人も本格的には手がけなかった学問であり、もっとも不合理な見解と、もっとも滑稽な思いつきに、自由な遊び場を与えてきた分野である。)

穏やかな書き出しではない。これまでの語源学の大半は学問の名に値しない、というのが冒頭からの宣言である。実際、この章の少しあとでラスクは、根拠のない駄洒落まがいの語源解釈の実例として、ラテン語の古典的な冗談——「lucus a non lucendo」(森を意味するlucusは、光らない〔non lucendo〕から来ている、という、音の類似だけに頼った自虐的なこじつけ)を引き、自分がどんな態度でこの分野に臨もうとしているかを、読者にはっきり示している。

複雑な文法ほど、古い言語

第1章の後半、ラスクは「文法より語彙のほうが当てにならない」という原則(別の記事で読んだ部分)を示したあと、そこから導かれる具体的な目安を、実例つきで示す。

Det Sprog der har den kunstigste Grammatik er det mest ublandede, det oprindeligste, ældste og Kilden nærmeste… (もっとも技巧的な文法を持つ言語こそ、もっとも混ざっておらず、もっとも根源的で、古く、源にもっとも近い……)

そしてこの原則が、思いつきではないことを示すために、ラスクは五組の言語対を、間を置かずに並べて見せる。デンマーク語はアイスランド語より単純であり、英語はアングロサクソン語より単純である。同じ関係が、現代ギリシア語と古典ギリシア語、イタリア語とラテン語、ドイツ語とモエソゴート語のあいだにも成り立つ——私たちが知るすべての場合において、そうなのだ、とラスクは書き添えている。

より単純(新しい) より複雑(古い) デンマーク語 アイスランド語 英語 アングロサクソン語 現代ギリシア語 古典ギリシア語 イタリア語 ラテン語 ドイツ語 モエソゴート語
ラスクが挙げた、単純な言語と複雑な言語の5組。図:ToL

一つの原則、五つの実例

注目したいのは、ラスクがこの原則を一つの言語対だけで示していない点だ。ゲルマン語派の内部(デンマーク語/アイスランド語、英語/アングロサクソン語、ドイツ語/モエソゴート語)だけでなく、ギリシア語の歴史(現代語/古典語)、そしてロマンス語派(イタリア語/ラテン語)にまで、同じパターンを確認している。一つの言語系統だけでなく、系統の異なる複数の言語で同じ規則性が繰り返し観察される——この「複数の事例で確かめる」という姿勢そのものが、思いつきの語源解釈と、検証可能な言語学とを分ける境界線になっている。

まとめ

論点内容
冒頭の宣言従来の語源学の大半は、根拠のない思いつきの遊び場だった
示した原則文法が複雑な言語ほど、古く、混ざっていない
挙げた実例デンマーク語/アイスランド語、英語/アングロサクソン語、現代ギリシア語/古典ギリシア語、イタリア語/ラテン語、ドイツ語/モエソゴート語
方法上の意義一つの事例ではなく、複数の系統で同じ規則性を確かめる姿勢

一言でいえば——ラスクは、根拠のない語源解釈への痛烈な批判から出発し、複数の言語系統にまたがる実例によって、自分の原則を検証可能な形で裏づけてみせた。