やさしい解説の記事で見た文節の考え方は、橋本進吉自身の文章では、どう書かれているのか。ここでは、教科書『新文典』の上級用に対応する解説書、『新文典別記 上級用』(1935) の、第一篇第一章の冒頭を読む。

単語を、二種類に分ける

橋本は、単語を、まず二つの種類に分ける。

助動詞と助詞とは、必ず他の語に附いて用ひられ、實際の言葉では、その語とつゞけて發音し、その間を切る事はありません。

(助動詞と助詞は、必ず他の語に付いて用いられ、実際の言葉では、その語と続けて発音して、その間を切ることはありません。)

まず、ここで目を引くのは、「實際の言葉では」ということばである。橋本は、助詞・助動詞が「他の語に付く」という性質を、単語の意味や、辞書の上での定義ではなく、実際に声に出して話すときの事実として述べている。「は」「が」「た」といった語は、それだけを単独で、他の語から切り離して発音することがない。この点が、橋本の考え方の出発点である。

「独立性」という基準

では、助詞・助動詞ではない、その他の単語は、どう区別されるのか。

その他の單語は、それだけ離しても用ひる事が出來るもので、附屬する語にくらべて獨立性があるといへます。

(その他の単語は、それだけを離しても用いることができるもので、附属する語に比べて、独立性があるといえます。)

「独立性がある」語と「ない」語——橋本は、これを「獨立する語」と「附屬する語」と名づけた。そして、この区別が大切な理由として、橋本は、こう述べる。この性質の違いは、「他の語と共に文を構成する場合には大切な事」だ、と。つまり、文を組み立てるとき、一つ一つの単語を、対等な部品として並べるのではなく、独立する語を中心に、そこに附属する語がくっついたかたまりとして捉えるほうが、日本語の文の仕組みが見えやすくなる、という発想である。

「切目」で確かめる

この区別を、橋本は、実際の発音の切れ目で示す。

「草木 靑し」「花 咲く」などのやうに、他の語との間に切目をつけて發音し得るものです。

(「草木 青し」「花 咲く」などのように、他の語との間に切れ目をつけて発音できるものです。)

「草木」と「青し」の間、「花」と「咲く」の間には、切れ目をつけて発音できる。これが、独立する語である。一方で、同じ「花」でも、「花も咲きたり」「花は未だ咲かず」と使われるときは、「花」と、「も」「は」との間に、切れ目をつけることはない、と橋本は続ける。同じ「花」という語が、単独では独立し、助詞がつくと、その助詞とは切り離せない——この観察が、後に「文節」と呼ばれる区切りの、実質的な中身になる。

独立する語どうし 咲く 間に切目をつけて発音できる 独立する語+附属する語 間を切る事はありません 同じ「花」でも、助詞がつくと、そこには切れ目が入らない
切れ目が入る所と、入らない所。図:ToL

何を基準にした区別か

ここで、この区別の性格を、改めて確認しておこう。橋本は、単語を「名詞」「動詞」「助詞」のような、意味や働きによる分類に進む前に、まず、声に出したときに切れるか、切れないかという、発音の事実によって、単語を二つに分けている。品詞の分類は、意味の理解を必要とするので、どうしても解釈が分かれる余地がある。それに対して、切れるか切れないかは、日本語を話す人なら、誰でも、自分の口で試して確かめられる。

後に「文節」と呼ばれる区切りは、こうした、発音の切れ目に基づく考え方を、もう一段整えたものと理解できる。

正直に言っておきたいこと

最後に、一つ、言っておきたい。ここで読んだ箇所は、橋本が、「文節」という用語そのものを定義している箇所ではない。この教科書の該当箇所で橋本が述べているのは、あくまで「独立する語」と「附属する語」の区別と、切目の考え方である。文節という区切りの体系的な整理は、橋本が1930年代に、教科書『新文典』や、『国語法要説』(1934) などで行ったとされる。ここでは、その土台となった考え方を、原文で確認した、ということになる。

まとめ

論点内容
二種類の単語「独立する語」(それだけで発音できる)と「附属する語」(助詞・助動詞など、他の語に必ず附く)
区別の基準意味ではなく、実際の発音——間に切目をつけて発音できるかどうか
「花」の例「花 咲く」は切れ目が入るが、「花も」の「も」の前には入らない
この記事の範囲「文節」という用語の定義そのものではなく、その土台となった考え方の確認

一言でいえば——橋本進吉は、単語を、意味ではなく、声に出したときの切れ目で分けた。「その間を切る事はありません」という一文が、文節という考え方の、出発点にある。