概説記事で予告した三つ目の語は、方位の名——東・西・南・北——である。金沢庄三郎は、『国語の研究』(1910) の「東西南北」の章で、この四つの名の由来を、いくつもの手がかりから探っている。

三つの手がかり

金沢は、方位の名づけ方を、まず三つに分ける。

そして、この中で、最も重いのは、太陽の出入りに基づくものだと言う。そのため、四つの方位のなかでも、東西が主要で、南北は比較的重要でないらしい、と述べている。

手がかり①:太陽

金沢は、まず、古い言葉に、太陽の動きから方位を名づけた例があることを示す。たとえば、西を「日縦(ひのたて)」、南北を「日横(ひのよこ)」と定め、山の南を「影面(かげとも)」、山の北を「背面(そとも)」と定めた例が、『万葉集』の歌などに見える、と言う。太陽が東から西へ動く筋を「縦」、それと交わる南北を「横」と見た命名である。

また、『斉明天皇紀』で「明」の字を「ミナミ」と訓ませている例も、太陽に基づいた命名だろう、と金沢は言う。

手がかり②:風

次に、風である。ここが、この章の、いちばん面白いところかもしれない。

東(ひがし)と西(にし)の「し」は、風の古い言葉だ。 これは、本居宣長が説いた説で、金沢も、これに従う。古くは、風のことを「シ」と言った。その証拠として、金沢は、次の語を挙げる。

風の古名がシであることの証は、嵐・旋風・西北風のシ、暴風・東風のチ・テ等に徴しても知られる。

(風の古い名が「シ」であることの証拠は、「あらし(嵐)」「つむじ(旋風)」「あなし(西北風)」の「し」、「はやて(暴風)」「こち(東風)」の「て」「ち」などから見ても、知られる。)

たしかに、「あらし」「つむじ」の「し」は、風に関わる語の末尾に、ふつうに現れる。風の名前が、そのまま、風の吹いてくる方角の名前になった、という筋道である。

さらに、金沢は、琉球(沖縄)の方言の例を、そこに加える。琉球の方言では、東を、ただ figa と言う。もし、日本語の「ひがし」の「し」が、風を意味する独立の語だとすれば、「ひが」だけで東を表す琉球語は、その証拠になるのではないか、というのである。また、琉球の方言では、南を「はえ」あるいは pai などと言う。これは、本土で南風を「はえ」と言うのと、同じ語だろう、と述べる。

手がかり③:民族の移動

金沢は、最後に、民族の移動の方向という、もう一つの手がかりを挙げる。ここでは、インド・ヨーロッパ語族の言葉が、例として出てくる。

インド・ヨーロッパ語族のなかで、東に向かって進んだ人々は、東を「前」、その反対の西を「後」と名づけ、したがって、南を「右」、北を「左」と呼んだ、という。サンスクリットの語では、次のようになる、と金沢は表に示す。

方位梵語意味
pūrva
西apara
dakshina
savya

金沢は、アイヌ語の東西、朝鮮半島の言葉、日本語の「東・西」の「シ」の前の部分(「ひむか」「に」)も、こうした移動の方向から説明できるのではないか、と考える。たとえば、「ヒムカ」(東)を「日に向かい進む」、「ニ」(西)を「往ぬ」、つまり過ぎ去った方、と解すれば、大和民族が、西から東へ向かって発展した方向を表した名になる、という見方である。

①太陽 日縦(西)・日横(南北)・影面・背面 金沢が「最も重きを為すもの」とする。東西が主で、南北は比較的重要でない ②風 ひがし・にしの「し」は風の古語(本居宣長の説に従う) 証拠:あらし・つむじ・あなしの「し」、はやて・こちの「て」「ち」。琉球で東を figa、南を pai ③民族の移動 梵語:東=前(pūrva)、西=後、南=右、北=左。東へ進んだ人々の名づけ 日本語の ひむか・に も、大和民族の移動方向を示すか(金沢:「まだ不完全」な考え) 図:ToL(金沢庄三郎「東西南北」の整理による)
方位の名の、三つの手がかり。図:ToL

金沢自身の、断り

この章の終わりで、金沢は、自分の議論の限界を、はっきり述べる。

まだ不完全ながらこれを発表して広く識者の教を乞ふのである。

(まだ不完全ではあるが、これを発表して、広く識者の教えを乞うのである。)

金沢は、南と北の語源については、まだ確とした考えを述べることはできない、と断り、琉球方言の比較の結果、東西の二つは民族移住の方向を示したものではないか、という疑いが深くなったので、発表する、と書いている。

ここで、確かなことと、そうでないこと

この記事で紹介したのは、金沢が整理した手がかりと、その推測である。「ひがし」「にし」の「し」を風とする説は、本居宣長以来の説で、今日でも、語源説の一つとして紹介される。一方、民族移動の方向から東西の名を説明する部分は、金沢自身が「不完全」と断った推測である。梵語の pūrva・apara などの語形と意味は、金沢が示した通りだが、それを日本語の方位の名と結びつけるのは、金沢の見方であり、確かな証拠のある説ではない。その点は、判定の記事で整理する。

まとめ

論点内容
三つの手がかり太陽の出入り、風、民族の移動の方向
太陽日縦・日横・影面・背面など。東西が主で、南北は重要でないらしい
ひがし・にしの「し」は風の古語(本居宣長の説)。琉球の figa、pai も傍証
民族の移動梵語で東=前、西=後、南=右、北=左。日本語への当てはめは金沢の推測
金沢の断り「まだ不完全ながら」「識者の教を乞ふ」

一言でいえば——東・西・南・北の名は、太陽、風、そして人の移動という、三つの手がかりから探られた。金沢庄三郎は、その推測が「不完全」であることを、自分で断った上で、発表した。