金沢庄三郎
「涙」の「な」は目のことだった? 「ひがし」「にし」の「し」は風? 物の名前から動作の語が生まれる、という眼で日本語の語源を探り、朝鮮語との同系を唱えた学者。『国語の研究』(1910) を、原文で読む。
金沢庄三郎を読む——「耳・目・鼻・口」から日本語の古い姿を探り、日韓同系を唱えた人
「太刀」は「断つ」から、「曇る」は「雲」から。「涙」の「な」は、古い「目」のことばか。東・西・南・北の名は、どこから来たのか。金沢庄三郎(1872–1967)は、身近な語の成り立ちを、朝鮮語や梵語、アイヌ語と比べて探った。同時に、その比較を、政治の時代に置いた人でもある。『国語の研究』(1910) を読む。
「雲」から「曇る」、「手」から「取る」——物の名と、動作の名
「雲」に「る」がついて「曇る」。「手」でするから「取る」。日本語には、物の名前から動作の名前を作ったり、動作の名前から物の名前を作ったりする仕組みが、ふんだんにある。金沢庄三郎が、「耳目鼻口」の冒頭で挙げた例を見る。
「涙」の「な」は、目の古いことばか——「泣く」との、つながり
「涙(なみだ)」は、昔から「泣き水垂り」の縮まったものだと言われてきた。金沢庄三郎は、朝鮮語の「目」と「水」をつないだ言葉と並べて、「な」は「目」の古語ではないか、と考えた。「泣く」も、その「な」から生まれた動詞だという。
東・西・南・北の名は、どこから来たのか——太陽、風、そして人の移動
東(ひがし)と西(にし)の「し」は、風のことだという説。南北は、太陽の動きから。そして、インド・ヨーロッパ語族の言葉では、東が「前」、南が「右」。金沢庄三郎は、方位の名の由来を、三つの手がかりで整理した。
精読——「泣く・嗅ぐ・言ふ・聞く」——動作の語に残った、目・鼻・口・耳の古語
日本語には、「目」「鼻」「口」「耳」という語がある。それでも金沢庄三郎は、その古い形は朝鮮語に伝わり、日本語には「泣く」「嗅ぐ」「言ふ」「聞く」という動作の語のなかに残った、と考えた。「耳目鼻口」の論の運びを、原文で読む。
精読——「朝鮮語は我帝国の一方言として」——併合の年に、金沢庄三郎が書いたこと
1910年、日本が朝鮮を併合した年。金沢庄三郎は、『国語の研究』に、「朝鮮に於ける国語問題」という文章を収めた。日本語の普及を急ぐ声に慎重を求めながら、朝鮮語を「帝国の一方言」と位置づける。称賛も断罪もせず、当時、何が書かれたかを、原文で確かめる。
遺産と判定——語の生まれ方の見方は残り、「同系」の証明は残らなかった
物の名から動作の語が生まれる、という見方は、今も日本語の語形成の基本にある。「し」は風、という東西の説も、今も紹介される。一方、耳目鼻口の対応と日韓同系論は、証明された説にならず、政治の場でも使われた。金沢庄三郎の仕事を、分けて採点する。