この「近代古典の国語」特集で、これまで読んできた橋本進吉と新村出は、上田万年(うえだ・かずとし、1867–1937)の教えを受けた世代にあたる(同じ世代に金沢庄三郎もいる)。上田は、東京帝国大学の教授として、言語学という学問を日本に根づかせた。その仕事は、大きく二つの方向に分かれる。
二つの仕事
- 日本語の音や形についての、具体的な研究。 「P音考」(ハ行はもとP音だったという論)と「促音考」(「もって」「いって」の「っ」の成り立ち)が、その代表である。どちらも、身近な言葉の実例から、音の歴史や仕組みを推理する。
- 「国語」という考え方の提唱。 「国語と国家と」では、国民の言語を一つにそろえることを、国家の課題として論じた。「標準語に就きて」では、標準語がどう作られ、どう保たれるかを、ヨーロッパの例で説明した。
この特集の見取り図
まず、三つの記事で、日本語そのものの話をする。「おこりっぽい」の「ぽ」から見えるP音(やさしい解説①)、「もって」「いって」の促音(やさしい解説②)、標準語はどう作られるか(やさしい解説③)である。そのあと、上田自身の文章を二か所読む。**「P音考」の推理の運び方(原文精読①)と、「国語と国家と」**の主張(原文精読②)である。最後に、現在の評価を判定の記事で整理する。
先に、お断りしておきたいこと
「国語と国家と」は、言語と国家を強く結びつける内容で、政治的な性格を持つ。この特集では、上田を称賛も断罪もせず、当時、何が言われたかを原文で確かめ、後世にどう受け取られたかは、判定の記事で事実として整理する。また、判定記事の「現在の扱い」は、日本語学の一般に知られた整理であり、個々の論文を一つずつ確認したものではない。
まとめ
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 誰が | 上田万年(1867–1937、東京帝国大学教授) |
| 一次資料 | 『国語のため』(1897)、『国語のため 第二』(1903)(国立国会図書館で自由に閲覧できる) |
| 二つの仕事 | 日本語の音の研究(P音考・促音考)と、「国語」の枠組みの提唱(国語と国家と・標準語に就きて) |
| 注意 | 国家と言語を結びつける主張は、政治的性格を持つ。当時の言葉と、後世の受け取りを分けて読む |
一言でいえば——上田万年は、「おこりっぽい」という日常の言葉から古い音を推理し、同じ手つきで、「国語」という枠組みを国家の課題として語った。その両方を、原文で確かめる。