概説記事で紹介したとおり、アンソニーの本の核心は、言語学の再建成果を、考古学の物証と組み合わせることにある。その物証探しの、もっとも印象的なエピソードから始めよう。

獣医学部への、ふとした質問

In the summer of 1985 I went with my wife Dorcas Brown, a fellow archaeologist, to the Veterinary School at the University of Pennsylvania to ask a veterinary surgeon a few questions.

(1985年の夏、私は妻で同じく考古学者のドーカス・ブラウンとともに、ペンシルベニア大学の獣医学部を訪ね、ある外科医にいくつかの質問をした。)

質問は単純だった——轡(くつわ、馬の口にくわえさせる金具)は、馬の歯に、跡を残すだろうか。もし残すなら、古代の馬の歯を調べれば、いつから人類が馬に轡をつけて乗っていたか、わかるのではないか。

最初に会った外科医は「跡は残らないはずだ」と答えた。だが、大学の乗馬センターで実際に馬を訓練している調教師たちに聞くと、まったく違う答えが返ってきた。馬は、轡を始終、口の中でかじっている、というのである。

X線が明らかにした、歯のすり減り方

その後アンソニーたちは、カナダの獣医学者ヒラリー・クレイトンの協力を得て、馬が轡をくわえた状態をX線で撮影した映像を入手する。この映像から、轡が歯のどの部分に、どのように当たり続けるのかが、初めて正確にわかった。下顎の特定の一本の歯(第二小臼歯)に、規則的なすり減りが生じることが突き止められたのである。

これで、遺跡から出土する古代の馬の骨——とりわけ、この特定の歯——を調べれば、その馬が轡をくわえていたかどうかを判定できる、という方法が確立した。

1985年、疑問 轡は歯に跡を残すか? 獣医学部への問い合わせ X線による検証 轡の当たる部位を特定 下顎の特定の小臼歯 古代の歯を判定 遺跡出土の馬の歯を照合 乗馬の起源を年代づける 獣医学の知見が、考古学の年代測定の新しい道具になった
一つの疑問から、新しい調査方法が生まれるまで。図:ToL

もう一つの手がかり——馬のDNAの、不思議な偏り

本書はさらに、もう一つ興味深い手がかりも紹介している。現代の家畜馬の遺伝子を調べると、母から娘へ伝わる部分(ミトコンドリアDNA)は、驚くほど多様である——少なくとも77系統もの、別々の野生の雌馬に由来するという。ところが、父から息子へ伝わる部分(Y染色体)は、逆にきわめて均一で、ごく少数の野生の雄馬にしかさかのぼれない。

つまり、馬の家畜化は、多くの野生の雌馬を迎え入れる一方で、雄馬はごくわずかしか選ばれなかった、という偏った過程だったらしい。これは、野生の馬の群れの生態(一頭の雄が縄張りとハーレムを支配する)とも符合する、説得力のある推測である。

一つの疑問から、方法が生まれる

この物語がおもしろいのは、「馬の歯を調べればわかるかもしれない」という、素朴な思いつきから出発している点である。最初の専門家の答えは「わからない」だった。しかし、現場で馬を扱う人々に聞き、実際にX線で確かめることで、初めて確実な証拠が手に入った。次の記事では、もう一つの手がかり——「車輪」ということば――が、どのようにして年代測定の道具になるのかを見ていく。

まとめ

論点内容
出発点轡は馬の歯に跡を残すか、という素朴な疑問
検証方法獣医学のX線撮影で、轡が当たる歯の部位を特定
遺伝的な手がかり家畜馬の母系は多様、父系は均一——家畜化の偏った過程を示唆
帰結古代の馬の歯を調べることで、乗馬の起源を年代づける方法が確立した

一言でいえば——乗馬という、文字に残らない行為の起源を、アンソニーは馬自身の歯に刻まれた「証拠」から突き止めた。