この特集は、ToLの歴史編——ウィリアム・ジョーンズにはじまり、ラスクグリムボップミュラーイェスペルセンシュライヒャーブルークマンと読み継いできた8つの特集——の、最後の一冊である。

200年間、答えの出なかった問い

1786年、ジョーンズはサンスクリット語・ギリシア語・ラテン語が同じ祖先から分かれたと示した。以来、19世紀から20世紀の言語学者たちは、比較の方法をどんどん洗練させ、この「祖語」——印欧祖語(Proto-Indo-European、PIE)——の語彙や文法を、驚くほど精密に再建していった。

しかし、一つだけ、言語学者だけの力では決して答えられない問いが残り続けた。その祖語は、いったい「どこで」「いつ」話されていたのか。 手がかりは、話し言葉そのものの中にしかない。文字記録は存在しない。19世紀から20世紀にかけて、この「祖語の故郷」(the homeland) をめぐる議論は、ときに危険な政治利用(アーリア人神話、ナチスによる考古学の悪用)さえ引き起こしながら、答えの出ないまま漂流し続けた。

考古学者が、言語学の外から答えを出す

デイヴィッド・W・アンソニー(1949年生まれ、ハートウィック大学名誉教授)は、言語学者ではなく考古学者である。彼は、ウクライナ・ロシア・カザフスタンにまたがるポントス・カスピ海草原(黒海とカスピ海の北に広がる大草原)で、長年にわたる発掘調査を続けてきた。本書『馬・車輪・言語』(The Horse, the Wheel, and Language, 2007) は、その調査の集大成である。

アンソニーのアプローチは明快である。再建された印欧祖語の語彙そのものを、年代を特定するための証拠として使う。 たとえば、祖語には「車輪」「車軸」を表す単語が確実にあった。ところが、車輪という道具そのものが発明されたのは、考古学的におよそ紀元前4000〜3500年より前ではない。つまり、印欧祖語は、車輪が発明されたあとに話されていたはずだ——語彙が、年代に「下限」を与える証拠になるのである。

言語学だけでできたこと 祖語の語彙・文法の再建 「どこで、いつ」は答えられない 考古学が持ち込んだもの 車輪・羊毛の発明年代 馬の家畜化の物証 語彙が年代の手がかりになり、考古学の物証が場所の手がかりになる
言語学の限界を、考古学の物証で補う——本書の方法論。図:ToL

この特集の見取り図

この特集では、まず2本の記事で、アンソニーの方法論のもっとも具体的で面白い部分——馬の歯に残る「轡(くつわ)」の摩耗痕から乗馬の起源を探る調査、そして車輪や羊毛の単語が年代測定の道具になる仕組み——を、専門用語なしで紹介する。続く2本では、本書の原文(英語)を精読し、著者自身の方法論的な立場と、草原地帯における印欧語拡散のドラマを読む。そして、この特集群のこれまでの人物たちとのつながり、当時の学界の論争、最後に2007年の刊行から現在までの検証で締めくくる。

まとめ

論点内容
誰がデイヴィッド・W・アンソニー(1949年生まれ、米国、ハートウィック大学名誉教授)
専門考古学(ポントス・カスピ海草原、馬の家畜化、印欧語の起源)
代表作『馬・車輪・言語』(2007)
この本の位置づけ言語学の再建成果を、考古学の物証と組み合わせて「祖語の故郷」を特定する試み

一言でいえば——ジョーンズが1786年に開いた問いに、221年後、考古学者が馬の歯と荷車の言葉で答えを出した。歴史編、最後の特集の始まりである。