前の記事で見た、音声と音韻の区別。有坂秀世は、『音韻論』(1940) の第一編で、その音韻とは何なのかを、ソシュールの有名なたとえを取り上げて、正面から議論する。
ソシュールのたとえ
ソシュールは、言語の音(音韻)は、それ自体が「音」なのではなく、他の音との違いによってのみ成り立つ、「価値」のようなものだと考え、それを、貨幣の価値にたとえた。貨幣の価値を決めるのは、金属の素材そのものではなく、他の貨幣や商品との関係である。ソシュールにとって、言語の音も、同じである。
有坂は、この見解の一部に賛成する。音韻が、他の音韻との違いによって体系をなしている、という点は、有坂も認める。しかし、彼は、そのたとえの中心にある、音韻=価値という等式には、はっきりと反対する。
「価値」か、「実体」か
有坂は、こう述べる。
音韻が直ちに言語價値なのではない。音韻は言語價値を荷ふ所の實體である。
(音韻がそのまま言語の価値なのではない。音韻は、言語の価値を担っている実体である。)
ソシュールは、音韻を、価値そのものとして扱った。それに対して有坂は、音韻を、**価値を担う「もの」**として扱う。この二つは、似ているようで、まったく違う。価値は、他との関係のなかで決まる、目に見えない量である。それに対して、「実体」は、何らかの形で、そこに存在するものである。有坂は、音韻を、そういう、確かに存在する「対象」として捉えたい、と主張している。
「貨幣そのもの」のたとえ
では、有坂は、どんなたとえを提案するのか。
Saussure は音韻を貨幣價値に譬へたのであるが、私は、音韻は寧ろ貨幣そのものに譬へらるべきであると思ふ。
(ソシュールは音韻を貨幣の価値にたとえたが、私は、音韻はむしろ、貨幣そのものにたとえるべきだと思う。)
ここで、有坂は、すぐに、誤解を防ぐための注意を加える。「貨幣そのもの」といっても、ポケットの中の、すり減って、手垢のついた、一枚一枚の硬貨の現物を指すのではない。政府が規定し、社会が公認した、貨幣の「実体」——一定の成分、重さ、大きさ、形、図柄を持つべきものとして、法規のうえで定められた、その硬貨の「規格」のことを指すのだ、と有坂は説明する。
この規格の中身は、内在的な意味を持たない。有坂は、一エキュ銀貨(フランスの旧貨幣)を例に、こう論じる。鋳つぶしたら半値にしかならない銀貨が、五フランの価値で通用するのは、全く、社会的な約束によるものである、と。約束事だから、政府の一片の法令で、どうにでも変えられる。しかし、一度定められた以上は、個人が勝手に変えることはできない。
すり減った硬貨は、それでも通用する
このたとえを、有坂は、日本語の音韻《b》(バ行の子音)に当てはめる。
現実の音声は、その形はよしどれ程不完全であらうとも、それが音韻《b》を意図して発せられたものであることが認められる限りは、音韻《b》として通用し得る。
(現実の音声は、その形がどれほど不完全であっても、それが音韻《b》を意図して発せられたものだと認められる限りは、音韻《b》として通用する。)
ここが、この箇所の核心である。実際に発せられる一つ一つの音声は、どれも、少しずつ違う。ときには、はっきり発音されず、崩れたり、曖昧になったりする。それでも、聞き手が、「この人は《b》を言おうとしたのだ」と認めるかぎり、それは《b》として通用する。すり減った硬貨が、それでも、その硬貨として通用するのと、全く同じ仕組みだ、と有坂は言うのである。
この主張は、何を言っているのか
有坂の主張を、ことばを変えて言うと、こうなる。音韻とは、実際に口から出る、物理的な音そのものではない。話し手と聞き手のあいだで共有されている、音の「規格」であり、約束事である。 実際の音声は、その規格に沿って作られようとして、いつも、ある程度、不完全になる。それでも通用するのは、聞き手が、その規格を知っているからである。
これは、前の記事の「ん」の例に、そのまま当てはまる。「さんま」の「ん」も、「さんかく」の「ん」も、実際の音は違うのに、日本語の「ん」という規格に沿ったものとして、通用する。有坂のたとえは、その仕組みを、身近な硬貨の例で、説明したことになる。
まとめ
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| ソシュールのたとえ | 音韻を、「貨幣の価値」にたとえる |
| 有坂の異議 | 音韻は価値そのものではなく、価値を担う「実体」である |
| 有坂のたとえ | 音韻は、価値ではなく「貨幣そのもの」(政府が規定し、社会が公認した規格)にたとえるべき |
| 帰結 | 実際の音声が不完全でも、その音韻を意図したものと認められれば、その音韻として通用する(すり減った硬貨が通用するのと同じ) |
一言でいえば——有坂秀世にとって、音韻とは、「違い」という目に見えない量ではなく、話し手と聞き手が共有している、音の規格そのものだった。すり減った硬貨が、なおその硬貨として通用するように、崩れた音声も、規格に沿ったものと認められるかぎり、その音韻として通用する。