この特集は、概説記事から始まり、五つの母音が八つになるという話、語のなかの母音の法則、音声と音韻のちがい、そして『音韻論』の原文二箇所を読んできた。最後に、これらを、現在の視点から採点する。
動かない土台——有坂の法則
まず、有坂の法則は、今日の古代日本語研究で、確立した規則性として受け入れられている。やさしい解説の記事で見た、一つの語根のなかで、乙類のオ列の母音が、ア・ウ・甲類のオ列の母音と共存しないという基本の骨格は、上代語の語根の構造や、日本語の系統を考える研究でも、出発点として使われる。また、その後の研究では、この規則性を、他の言語の母音調和との関係で論じる議論も、さまざまに展開されてきた。
有力だが、決着していない——八母音説
一方、八母音説は、有力な説ではあるが、決着していない。やさしい解説の記事で見たとおり、甲乙の違いを、母音そのものの違いと見る説に対して、子音の違いや、前後の音の違いと見る説も、あわせて出されてきた。乙類の母音が、実際にはどんな音だったのかは、現在も議論が続いている。ここで確かなのは、二つの系統が書き分けられていたこと、そして、その違いが、有坂の法則のような、母音どうしの規則性と結びついている、という事実である。橋本進吉が慎重に保留した問いに、有坂は、有力な答えを与えたが、最終的な答えではなかった。
答えではなく、問いとして——『音韻論』
『音韻論』(1940) の評価は、また、別の性質を持つ。有坂は、ソシュールの「音韻=価値」という見方に対して、「音韻は貨幣そのもの」という、異なる見方を対置した。また、音韻の体系を、「今の話し手の目的から作られたもの」とするのではなく、「祖先から受け継いだ制度」と見た。原文精読①と原文精読②で読んだ、この二つの主張を、そのまま、今日の音韻論の標準的な立場と見ることはできない。現代の音韻論では、音の区別が持つ「機能」に注目する立場も、依然として大きな位置を占めているからである。
しかし、有坂が提示した、次の二つの洞察は、今日でも、重要な問いとして残っている。
- 音韻の体系には、意味の区別に役立たない区別も含まれうる。 音の体系は、いつも最適に設計されたものではなく、歴史のなかで積み重なった、不完全なものである。この見方は、今日の言語学でも、広く共有されている。
- 実際の音声は、不完全でも、その音韻として通用する。 音声と音韻の関係を、「規格」と「現物」の関係として捉える見方は、話し手と聞き手が共有する知識を、音韻の中心に置く、今日の考え方にもつながっている。
橋本進吉から、有坂秀世へ
橋本進吉の特集で見たとおり、橋本は、「確かめられる事実」を、徹底的に整理することで、次の世代に扉を開いた。有坂は、その扉の向こうで、二つのことをした。一つは、事実の背後にある規則性(有坂の法則)を見つけること。もう一つは、そもそも「音を区別する」とはどういうことかという、根本の問いを立てること。前者は、古代日本語の研究を大きく前に進め、後者は、日本語の音の研究を、世界の言語学の議論と同じ土俵に乗せようとした。
まとめ
| 判定 | 対象 |
|---|---|
| 動かない土台 | 有坂の法則——一つの語根のなかで、乙類のオ列の母音は、ア・ウ・甲類のオ列の母音と共存しない |
| 有力だが決着していない | 八母音説——乙類の母音の実際の姿は、現在も議論が続いている |
| 問いとして残る | 『音韻論』——音韻は貨幣そのものか、祖先から受け継いだ制度か。答えは標準ではないが、問いは生きている |
| 全体の位置づけ | 橋本が開いた扉の向こうで、規則性の発見と、根本の問いの提起の、二つをした |
一言でいえば——有坂秀世は、橋本進吉の「確かめられる事実」の上に、規則性と根本の問いという、二つの階を積み上げた。前者は土台として動かず、後者は、答えがなお開かれたまま、生き続けている。