この特集では、概要から始まり、言語の進歩論、子どもの観察、ピジン語論、言語起源論、そして「女性」の章までを見てきた。最後に、1922年の一冊を、百年後の言語学の視点から採点しよう。

確かに残ったもの

子どもの言語獲得についての観察は、その後の発達心理言語学の土台の一部になった。「子どもは規則を取り出し、一貫して適用する」という洞察は、規則性・創造性を言語の中心に据える、のちの言語学の流れとも響き合う。「進歩か衰退か」という問いの立て方も、評価の基準を明示せよという教訓として、今も有効だ。そしてピジン語の乱れを一方だけのせいにしないという視点は、不完全ながらも、のちのクレオール語研究への一歩になった。

修正されたもの

ピジン語・クレオール語を「不完全な英語」と位置づける枠組みは、その後のクレオール語研究によって明確に乗り越えられた。今日では、これらは基準言語からの逸脱ではなく、独自の文法体系を持つ言語として扱われる。

取り返しのつかなかったもの

そして**「女性」の章**。前の記事で見たとおり、イェスペルセンは当時の疑似科学——男性変異性仮説——を、そのまま学問的結論として採用してしまった。この章は、彼の他の仕事が見せた公平さと、際立って対照的である。

確かに残ったもの 子どもの言語獲得の観察/進歩論の評価基準/ピジン語への公平な視線 修正されたもの ピジン語・クレオール語を「不完全な英語」とみなす枠組み 取り返しのつかなかったもの 「女性」の章——当時の疑似科学を学問的結論として採用 同じ書き手のなかに、先見性と時代の偏見が同居していた
イェスペルセンの主張、百年後の採点。図:ToL

四つの特集をつないで

この歴史特集は、ジョーンズの一段落、グリムの一つの表、ミュラーの講演、そしてイェスペルセンの一冊の総合書と、四人の仕事をたどってきた。共通しているのは、検証可能な観察は時の試練に耐え、根拠のない思い込みは、遅かれ早かれ次の世代に修正されるという筋道だ。ミュラーの「アーリア人種」も、イェスペルセンの「女性」の章も、当人の専門である言語学の観察そのものではなく、そこに持ち込まれた、当時の社会通念や疑似科学が原因だった。優れた観察眼を持つ学者であっても、自分の生きる時代の偏見からは自由になれない——この四つの特集を通じて繰り返し確認されてきたのは、この一点に尽きる。

まとめ

評価対象
確かに残った子どもの言語獲得の観察、進歩論の評価基準、ピジン語への公平な視線
修正されたピジン語・クレオール語を「不完全な英語」とみなす枠組み
取り返しがつかなかった「女性」の章——男性変異性仮説を学問的結論として採用

一言でいえば——イェスペルセンは、子どもとピジン語については時代を先取りし、女性については時代に飲み込まれた。一人の学者の仕事のなかに両方が同居しているという事実こそが、この特集がたどってきた四人の歴史から学べる、もっとも実用的な教訓かもしれない——どんなに優れた観察も、それが依拠する前提を、個別に検証する手間を省いてはくれない