概説記事で挙げた二つ目の言葉は、「右」と「左」——つまり、ミギとヒダリである。あまりに身近なので、由来など考えたこともない人が多いかもしれない。新村出は、『日本の言葉』(1940) の「左か右か」の章で、この二語の語源をめぐる、いくつもの説を並べている。
左を「尊ぶ」習慣
語源の前に、新村は、日本の古い習慣に触れる。日本でも、古くは、左のほうを尊ぶ習慣があった、というのである。古典を見ると、左右を並べて書くときに、いつも左を先に、右を後にする例がよくわかる、と新村は言う。
新村は、この習慣を、太陽を拝む考えと結びつけて説明している。古代には、南を向いて座ると、左は東になる。日の出る東を尊ぶ思想から、左を尊ぶ観念が生まれたのではないか、というのである。「山左」(山東)、「江左」(江東)、「関左」(関東)のような、左を東の意味で使う言い方を、その例に挙げている。
ヒダリの語源説
では、ヒダリという言葉自体は、どこから来たのか。新村は、次のような説を紹介している。
- 日足り、あるいは日垂り:日に関係のある語源だと考える、古人の説。
- 日出る、あるいは日照り:同じく、太陽に関係づける説。
「日」という字が、この語源説の中心にある。上に見た、左を東(日の出る方)と結びつける習慣とも、うまく合う説明である。
ミギの語源説
一方、ミギのほうには、また別の説がある。
新村が紹介する説は、こうである。ミギは「曲」、ヒダリは「直」——つまり、右は「曲がるもの」、左は「まっすぐなもの」を意味する、というのである。その根拠として、弓を引く動作が挙げられる。古代の日本人は、弓を引くとき、弓を持つ左手は、まっすぐに伸ばし、弦を引く右手は、腕を曲げる。この手つきから、ミギ=曲(マガル)、ヒダリ=直、という語が生まれた、という説明である。
新村は、これを「傍聞する所」、つまり人づてに聞いた説として紹介したうえで、この説だと、ミギが「曲」で、ヒダリが「直」になり、左遷や左道の「左」が悪い意味であることと、正反対になってしまう、と指摘している。
新村出自身の説
では、新村自身は、どう考えたのか。彼は、ミギについて、こう述べる。ミギは、古語、または現代の方言にある「ミギリ」を正体とし、「握る」という意味のニギリと、語源が同じではないか、と。右は「ニギリ手」(物を握る手)だという考えである。そして、ニの音とミの音は、音として相通じる、と付け加えている。
ただし、新村の書き方は、慎重である。この説を述べたあと、「あるに過ぎまいと思う」と、自分の説の限界を、自分で述べている。なお、この章で新村は、左右が、見る人の側によって入れ替わる、相対的な観念でもあることにも触れている。
この話から分かること
ミギとヒダリの語源は、今日でも、一つの説に決まっているわけではない。ヒダリについては複数の説が、ミギについても、新村の時代から、複数の説が併存している。ここで大切なのは、正解が何か、ということより、次のことである。身近な言葉でも、その由来は、簡単には決められない。 語源の研究とは、複数の説を並べ、それぞれの根拠と弱点を確かめる作業なのだ、ということを、新村の文章は見せてくれる。
まとめ
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 左を尊ぶ習慣 | 日本でも古くは左を尊び、太陽を拝む考えと結びつく |
| ヒダリの説 | 日足り・日垂り・日照りなど、日(太陽)に関係づける説 |
| ミギの説① | ミギ=曲、ヒダリ=直。弓を引く手つきから(新村は、左遷・左道の意味と正反対になると指摘) |
| ミギの説② | 新村自身の説。ミギは「握る」のニギリと同根で、ニギリ手 |
| 現状 | 定説はなく、諸説が並ぶ |
一言でいえば——ミギとヒダリは、いちばん身近な言葉なのに、語源は決着していない。新村出は、その諸説を並べ、自分の説も、確からしさの限界を添えて示した。