やさしい解説の記事で見た「とても」の来歴を、ここでは、新村出自身の文章で確かめる。『日本の言葉』の「山言葉」と、その続きにあたる「とても補考」の、二つの章を読む。

まず、自分では言えない、と認める

新村は、「とても面白い」という新しい言い方について、観察者として書くだけでなく、自分自身の言語感覚についても、正直に述べている。

吾々の言語有機體は固定してしまつてゐると言つてよい。否定的にのみトテモを使ひなれた吾々には特別な模倣意志が起らない以上はとても使ひえないのである。

(私たちの言語の有機体は、固まってしまっていると言ってよい。否定的にだけ「とても」を使い慣れた私たちには、特別に真似しようという意志が起こらない以上、「とても」(肯定的には)使えないのである。)

面白いことに、この一文のなかで、新村自身が「とても使ひえない」と、否定と結びついた「とても」を、実際に使っている。「否定的にだけ『とても』を使い慣れた」人の言語感覚とは、どういうものかを、この文章そのものが、実演している。

語源:「とてもかくても」の省略

では、新村は、「とても」の語源を、どう考えたのか。

トテモは實はトテモカクテモの省略であることは勿論であるが、この省略法は鎌倉時代以後の語法であるらしい。

(「とても」は、実は「とてもかくても」の省略であることは言うまでもないが、この省略の仕方は、鎌倉時代以後の語法であるらしい。)

ここで注目したいのは、「勿論であるが」と、語源の骨格は動かないものとしつつも、「らしい」と、いつごろの語法かについては、推量の形にとどめていることである。

古い用例を集める

新村は、この語が、古くはどう使われたかを、実際の文献の用例で確かめていく。辞書『日本大辞林』が挙げる『盛衰記』の例や、同僚の元島君に教えられた謡曲の例などを、順に並べる。その一つに、次のようなものがある。

源氏くがにみちみちたり、とてものがれ給ふべき御身ならず

(源氏の軍勢が陸にいっぱいに満ちている。どうやっても、お逃れになれるお身ではない。)

これは、『盛衰記』から引かれた一例である。ここでの「とても」は、「どうやっても」の意味で、否定の言葉(「ならず」)と結びついている。これは、今の「とても〜ない」と同じ形である。

一方、新村は、肯定の内容につく用例も見つけている。

とても命は君のため

(どうせ命は、主君のためのものだ。)

謡曲『大江山』から引かれた一句で、ここでの「とても」は、「どうせ」の意味である。新村は、こうした例を、たくさん集めたうえで、「とても」が、古くは、肯定にも否定にも使えたことを示している。

語源についての、結論

用例を集め終えた新村は、次のようにまとめる。

其語源はやはり所詮、結局の意から轉化したので有らうと思ふ。

(その語源は、やはり、「所詮」「結局」の意味から転化したのであろうと思う。)

「有らうと思ふ」という、慎重な言い方に注意したい。新村は、ここでも、言い切れる範囲を、はっきりと区切っている。「とてもかくても」の省略だ、という骨格は言い切る。しかし、「どのような意味から、どう転化したのか」については、「有らう」と推量にとどめる。この区別が、新村の文章の、読みどころである。

① 観察 自分は言えない、と認める ② 骨格 「とてもかくても」の略 ③ 用例 盛衰記・謡曲などを集める ④ 結論 「有らう」と推量にとどめる 言い切る所と、留保する所を、はっきり分ける
新村出の、論の進め方。図:ToL

情報の出どころを、書いておく

もう一つ、新村の文章で、見逃せない点がある。「とても補考」の冒頭で、新村は、旧知の坂氏が、雑誌に「とてもの意義」という文章を発表し、それを自分に送ってくれたことを、はっきり書いている。そして、その坂氏の文章を、全文引用している。坂氏の文章のなかでは、謡曲の用例を教えてくれた元島君への謝意が述べられており、新村自身も、章の終わりで、元島君から新しい参考の教えをもらったことを、「序でに附記しておかう」と書き添えている。

誰から、何を教わったのかを、ていねいに書く——この習慣は、キセルの章の、渡邊翁への謝意と、まったく同じ姿勢である。新村の文章は、語源を一人で決めるものではなく、多くの人の教えを集めて確かめるものとして書かれている。

まとめ

論点内容
自分の言語感覚「否定的にのみトテモを使ひなれた吾々」は、「とても使ひえない」。文章そのものが、その感覚を実演している
語源の骨格「とても」は「とてもかくても」の省略。省略法は鎌倉時代以後らしい
古い用例『盛衰記』に、否定と結びつく例。謡曲に、肯定の内容につく例。古くは、肯定にも否定にも使えた
結論の仕方「所詮、結局の意から転化したので有らうと思ふ」と、推量の形にとどめる
姿勢教えを受けた人の名前と、その文章を、ていねいに書き残す

一言でいえば——新村出は、「とても」という言葉を、自分の耳と、中世の文献の、両方で確かめた。言い切れることは言い切り、言い切れないことは「有らう」と留保し、教えてくれた人の名前を書き残した。