新村出(しんむら・いずる、1876–1967)は、国語辞典『広辞苑』の編者として知られる。ただ、『広辞苑』は改訂を重ねた現役の書物で、その中身をここで読むことはできない。この特集で読むのは、それとは別の、新村自身の文章である。一つ一つの言葉の来歴を、証拠を並べながら追いかけた、随筆のような研究の実例を、原文で見ていく。
言語学者としての新村出
新村出は、京都帝国大学の教授として、言語学を日本に根づかせた一人である。オットー・イェスペルセンの特集で見た、イェスペルセンの『言語の進歩』を、明治34年(1901年)に、新村が日本語で講述した記録が残っている(『イエスペルセン氏言語進歩論』)。ヨーロッパの言語学の最新の議論を、いち早く日本に紹介した人でもあった。
その一方で、新村は、日本語の個々の言葉の歴史に、尽きない関心を持ち続けた。今回読む『日本の言葉』(1940) は、その関心が、いちばん自由に表れた一冊である。
この特集で読むもの
この特集の中心は、四つの言葉の来歴である。
- 「とても」——今は「とても面白い」と言うが、かつては、否定の言葉としか結びつかなかった。(やさしい解説①、原文精読①)
- 「右」と「左」——ミギとヒダリは、どこから来た言葉か。(やさしい解説②)
- 「キセル」——外来語だが、どの国の言葉か。新村は、自分の最初の見当を、ここで取り下げている。(やさしい解説③)
- 「馬鹿」——語源についての、有名な俗説を、新村は一つずつ検証する。(原文精読②)
最後に、新村の各説が、現在の語源研究から見てどうなっているかを、判定の記事でまとめる。
先に、お断りしておきたいこと
語源の研究は、ほかの分野よりも、後の研究で書き換えられやすい。この特集では、新村の説をそのまま「正解」として紹介することはしない。新村が、どんな証拠を集め、どこまで言い切り、どこで留保したかを読むことを、主な目的にしている。それぞれの説が、今日どう扱われているかは、判定の記事で正直に整理する。
まとめ
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 誰が | 新村出(1876–1967、京都帝国大学教授、言語学者) |
| 一次資料 | 『日本の言葉』(1940)(国立国会図書館で誰でも閲覧できる) |
| 読む言葉 | とても、右と左、キセル、馬鹿 |
| 読みどころ | 証拠の集め方、言い切る範囲、自説の取り下げ方 |
一言でいえば——新村出は、一つの言葉の来歴を、文献の証拠で追いかけ、分からないことは分からないと書き、間違いに気づけば、素直に改めた。