英語の father と、ラテン語の pater(フランス語 père、スペイン語 padre の元)。見た目の音はまるで違う。それでも歴史言語学は、この二つを「別の単語がたまたま似た意味を持つ」のではなく、同じ一つの単語が、二つの言語でそれぞれ変化した結果だと考える。その変化のルールが、グリムの法則である。
手がかりは「一つの単語」ではなく「パターン」
father と pater を並べただけでは、こじつけに見えるかもしれない。だがここに、もう何組か並べてみるとどうか。
| ラテン語 | 英語 | 対応する音 |
|---|---|---|
| pater(父) | father | p → f |
| piscis(魚) | fish | p → f |
| pes(足) | foot | p → f |
| tres(三) | three | t → th |
| tu(汝) | thou | t → th |
| cor(心臓) | heart | c[k] → h |
| centum(百) | hundred | c[k] → h |
| canis(犬) | hound | c[k] → h |
一組だけなら偶然で片づけられる類似が、これだけ揃うと話が変わってくる。ラテン語の p はいつも英語の f に対応し、ラテン語の t はいつも th に、ラテン語の c(k の音) はいつも h に対応する——グリムが1822年に示したのは、まさにこの「いつも」の部分だった。個々の単語の思いつきの比較ではなく、言語全体を貫く規則的なパターンとして、この対応を提示したのである。
なぜこんなことが起きるのか
言語は、話者から話者へ、世代から世代へと受け渡されるあいだに、発音がすこしずつ変化していく。重要なのは、この変化が単語ごとにバラバラに起きるのではなく、同じ種類の音が、言語全体で同じように変わるという点だ。ゲルマン語派(英語・ドイツ語・オランダ語などの祖先)の場合、大昔のどこかの時点で、p の音を出す口の動きが、f の音を出す口の動きへと、ほぼすべての単語で一斉にずれていった。ラテン語や古典ギリシア語は、その変化を経験しなかった側の言語にあたる——だからこそ、両者を比べると、規則的なズレとして観察できる。
「二重」の意味——もう一段、奥がある
グリムはこの推移を「二重の(zweifache)音韻推移」と呼んだ。ここまで見た p→f、t→th、c[k]→h の対応は、実はこの推移の半分にすぎない。もう半分では、逆向きの、別の対応が同時に起きている——たとえばラテン語の d が英語では t になる(duo「二」→ two、edere「食べる」→ eat)。片方の音の系列がずり下がると同時に、別の音の系列もまた一段ずり下がる——この二つの動きが連動して起きている、というのがグリムの見立てだった。
だから何がうれしいのか
一見バラバラな単語の類似を、予測できるルールに変えられることが、この発見の価値だ。「ラテン語に p で始まる単語があれば、対応する英語の単語は f で始まるはずだ」と、あらかじめ言えるようになる。これは語源辞典を丸暗記する話ではなく、言語がどう変化するかについての、検証可能な仮説である。実際に当てはまる単語を探して確かめられるし、当てはまらない例外が見つかれば、その例外にもまた理由があるはずだ、と問いを立てられる。この「例外の理由を突き止める」という次の一歩については、この特集の別の記事で詳しく見ていく。
まとめ
| 対応 | ラテン語の例 | 英語の例 |
|---|---|---|
| p → f | pater, piscis, pes | father, fish, foot |
| t → th | tres, tu | three, thou |
| k → h | cor, centum, canis | heart, hundred, hound |
| d → t(逆向きの対応) | duo, edere | two, eat |
一言でいえば——father と pater が似ていないのは、変化しなかったからではなく、それぞれ別の規則的な道筋をたどって、もとは同じだった音から離れていったからだ。似ていないことにこそ、規則性が隠れている。