概要記事で扱った論点を、ここでは一つずつ、短い例とともに取り出す。どれも独立して読める。

1. 遂行文——言うことが、そのまますることになる文

「誓います」「この船を〇〇と名づけます」「この時計は弟にゆずります」「100円賭けるよ」。これらの文は、何かを説明しているのではなく、言うことそのものが行為になっている。オースティンはこれを「遂行文」と呼んだ。「本当かうそか」を問えないかわりに、「うまくいったか、いかなかったか」を問える文だ。

2. 事実確認文との違い

「今日は雨が降っている」のような、ふつうに真偽を問える文には「事実確認文」という名前が与えられる。遂行文と事実確認文は、見た目にはよく似た文でありながら、まったく違う基準(うまくいく/いかない、対、本当/うそ)で評価される——これが議論の出発点になる。

3. 「私はここに」を付け足せるかどうか

遂行文かどうかを見分ける簡単な方法がある。「私はここに、約束します」のように、「私はここに(hereby)」を付け足しても意味が変わらないなら、それは遂行文だ。この考え方を応用すると、審判の「アウト!」も「私はあなたをアウトだと宣言する」に、標識の「警告」も「私はあなたに警告する」に、それぞれ展開できることが分かる。

4. うまくいく条件——適切性条件

遂行文がうまくいくには、条件がそろわなければならない。ふさわしい手続き、ふさわしい人物、ふさわしい状況——これが欠けると、行為そのものが成立しない「空振り」になる。手続きは成立しても、誠実さが欠けていれば「濫用」になる(守る気のない「約束します」)。オースティンはこれを6つの規則にまとめた。

5. 区別の崩壊——「述べる」も遂行文だった

「私はここに」を付け足すテストを、ふつうの文にも試してみる。「猫がマットの上にいる」は「私はここに、猫がマットの上にいると述べる」に展開できる。ということは、「述べる」という動詞も、「誓う」や「約束する」の仲間なのではないか——あらゆる文の裏に、隠れた遂行文が潜んでいるかもしれない。ここで、遂行文と事実確認文というきれいな二分法そのものが揺らぐ。

6. 三つの層——発語行為・発語内行為・発語媒介行為

そこでオースティンは、もっと広い見取り図を提示する。一つの発言には、つねに三つの層がある。①何かを言うこと。②言うことにおいて何かをすること(約束する、警告する、頼む)。③言うことによって何かを引き起こすこと(相手を安心させる、説得する、驚かせる)。「遂行文/事実確認文」という区別は、この三層のうちの①と②の違いを、「私はここに」で展開できる特別な文型に限って捉えたものにすぎなかった——というのが最終的な結論である。オースティンはさらに、②の「発語内行為」を、判定・権能行使・約束・態度表明・言明という5つのグループに大まかに分ける試みも示している。