概要記事で見たとおり、ミュラーは講演の第1回を、ある大胆な宣言から始めた——「言語学は自然科学の一つである」。当時としては、これは単なる分類の話ではなく、一つの立場表明だった。
知識を二つに分ける、当時のものの見方
19世紀のヨーロッパでは、人間の知識は大きく二つに分けて考えられていた——自然科学(植物学、地質学、解剖学など、「神のわざ」を対象とする学問)と、歴史科学(美術史、法制史、宗教史など、「人間のわざ」を対象とする学問)である。ミュラー自身、この区分を講演のなかではっきり言葉にしている。
There are two great divisions of human knowledge, which, according to their subject-matter, may be called physical and historical. Physical science deals with the works of God, historical science with the works of man. (人間の知識には大きく二つの区分があり、その対象によって、自然科学と歴史科学と呼ぶことができる。自然科学は神のわざを対象とし、歴史科学は人間のわざを対象とする。)
言語はどちらに属するか——一見、答えは明らかに思える。言語は人間が話し、使い、作り変えていくものだ。美術や法律と同じように、歴史科学の対象であるべきに思える。だがミュラーは、あえてこの「明らかな答え」に逆らってみせる。
なぜ「自然科学」なのか
ミュラーの論拠はこうだ。一人の話者が、思いつきで言語を変えることはできない。ある単語の意味や発音を、個人が勝手に変更しても、他の話者に通じなければ意味がない。言語は、話者一人ひとりの意志を超えて、まるで植物や結晶が育つように、それ自体の法則にしたがって変化していく——この意味で、言語は絵画や法律のような「人為の産物」というより、地質や植物のような「観察と法則の対象」に近い、とミュラーは主張した。比較文献学(当時、言語の比較研究を指す呼び名)という名前そのものが誤解を招く、と彼は言う——本当は、植物学や地質学と同じ方法で研究されるべき対象なのだ、と。
物議をかもした宣言
この立場は、当然ながら強い反発を招いた。もっとも粘り強い批判者は、アメリカの言語学者ウィリアム・ドワイト・ホイットニーである。ホイットニーは、言語はあくまで社会的な制度であり、話者たちの合意と慣習によって支えられているのだから、人間の意志や歴史から切り離された「自然」現象として扱うのは誤りだ、と主張した。この論争は何十年も続き、ホイットニーは1892年、ミュラーの死の8年前に、その名も『マックス・ミュラーと言語学——一つの批判』という一冊をまるごと費やして反論を展開している。
どちらの立場が「正しい」かは、今も完全には決着していない——現代の言語学は、言語変化が話者の意志を超えて規則的に進む面(ミュラーが強調した側面)と、言語が社会的な合意の産物である面(ホイットニーが強調した側面)の、両方を認めている。だがミュラーのこの挑発的な宣言が、言語学とは何をする学問なのかという問いそのものを、初めて公衆の議論の的にしたことは間違いない。
まとめ
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| ミュラーの主張 | 言語学は歴史科学ではなく、自然科学に属する |
| 根拠 | 言語は個人の意志を超えて、それ自体の法則で変化する |
| 主な反論者 | ウィリアム・ドワイト・ホイットニー(言語は社会的な制度だと主張) |
| 論争の帰結 | 現代の言語学は、両方の側面を認める立場に落ち着いている |
一言でいえば——ミュラーは「言語学とは何なのか」という、地味に見えて実は根本的な問いを、講演の初日からあえて挑発的な形で提示した。答えの是非以前に、その問いを公衆の前で堂々と論じてみせたことこそが、この講演の力だった。