やさしい解説③で見た、古代の複合語の語順の話を、ここでは、折口信夫自身の論文で確かめる。あわせて、同じ論文の、もう一つの話題——複合語をつくるときの、語の形の変化——も読む。(以下、引用の現代語訳は ToL による。)

「橋」は、水平のものだけではなかった

まず、「梯(はしだて)」の話である。折口は、こう書く。

昔は渡る或は渡すと言ふ様な場合、即、此方から彼方へと二つの場所を繋ぐものは総てはしで、垂直的のものをもはしと言うたのである。

(昔は、渡る、渡すという場合、つまり、こちらからあちらへ、二つの場所をつなぐものは、すべて「はし」であって、垂直のものも「はし」と言ったのである。)

折口は、『播磨風土記』の「立橋」という書き方を手がかりに、「はし」という言葉が、水平の橋に限られていなかった、と考える。

「傍丘」は、丘の名前ではない

次に、「傍丘(かたおか)」である。

傍丘は丘の名ではなく、丘の傍といふ事で、今ならば、恐らく不安定を感じる筈の丘傍と同じ意味の言葉であつた。

(「傍丘」は丘の名前ではなく、丘のそばという意味であって、今なら、おそらく落ち着かなさを感じるはずの「丘傍」と同じ意味の言葉だった。)

「今ならば、不安定を感じる筈の丘傍」という言い方に注意したい。折口は、現代人の言語感覚では、「丘傍」のほうが自然に聞こえることを、自分で認めている。そのうえで、昔の人は、今の人と文法の意識が違った、と言うのである。

「酒」が「さか」になる

さて、ここからが、この論文の、もう一つの中心である。複合語をつくるとき、前の語の形が、独立しているときと違ってくる例が、日本語には沢山ある。折口は、こう挙げる。

エ列の音を持つ名詞が、複合語の中に入ると、ア列の音に変わる。たとえば、「酒(さけ)」+「樽(たる)」は「さかだる」に、「風(かぜ)」+「ぼろし」は「かざぼろし」に、「菅(すげ)」+「笠(かさ)」は「すががさ」に変わる。

此は単なる音韻変化ではないのであつて、熟語を作る場合の語根の屈折が、自然に機械的に整理せられる様になつて取つて来た規約である。

(これは、単なる音韻の変化ではなく、複合語をつくるときの語根の変化が、自然に、機械的に整理されて、一つの規則になったものである。)

「酒樽」が「さかだる」になるのを、私たちは、「音が変わった」と、ぼんやり考えがちである。折口は、それでは足りないと言う。複合語をつくるときには、前の語が、決まった形に変わるという、はっきりした規則があった、というのである。

折口は、ほかにも、例を挙げる。

折口は、これらの変化のもとに、語根が、ウ列の音に近い、という性質があったのではないか、と考えた。しかし、この部分は、折口の推測である。

単独の形 → 複合語の中の形 さけ(酒)→ さか+だる かぜ(風)→ かざ+ぼろし すげ(菅)→ すが+がさ き(黄・木)→ こ/く+がね ひ(火)→ ほ 折口信夫:これは「単なる音韻変化ではない」——複合語をつくるときの規則
複合語のなかで、語の形が変わる例。図:ToL

折口が、自分で線を引いている

この論文で、もう一つ、注目したいのは、折口が、推測の限界を、自分で明言していることである。論文の後半、動詞の活用がどうして生まれたかを論じる箇所で、折口は、こう書く。

言葉の研究は、ある程度以上に考へを進めれば、勢ひ推測になるのであるから、或程度に停めて置かなければならないのである。

(言葉の研究は、ある程度以上に考えを進めれば、どうしても推測になるのであるから、ある程度のところで止めておかなければならない。)

折口は、この言葉のとおり、動詞の起源については、「実は動詞の起りは訣らない」と、はっきり書いている。しかし、それでも、語根がもっと自由に働いた時代を考えることが、動詞の発生に「薄あかり」を与える、と述べて、わかる範囲と、推測の範囲を、分けて論じる

この論文から分かること

折口は、この論文で、日本語の古い形には、現代の私たちの感覚とは違う、複合語の規則があったことを示そうとした。「さかだる」のような、ごく身近な言葉の中に、その痕跡がある、と指摘した点は、折口の観察の鋭さを示している。一方で、折口自身が述べるように、その先の説明には、推測が含まれる。その扱いについては、判定の記事で整理する。

まとめ

論点内容
「はし」昔は、二つの場所をつなぐものすべてを指し、垂直の梯も含んだ
「傍丘」丘の名前ではなく、丘のそばという意味。折口は、現代人には「丘傍」のほうが自然だと認める
語の形の変化酒→さか、風→かざ、菅→すが、黄→こ・く、火→ほ。「単なる音韻変化ではない」規則
折口の推測語根がウ列に近いという性質。ただし推測の範囲
折口の姿勢「ある程度以上に考へを進めれば、勢ひ推測になる」と、限界を明言する

一言でいえば——折口信夫は、「酒樽」が「さかだる」になるような身近な言葉のなかに、古い複合語の規則を見た。そして、わかる範囲と推測の範囲に、自分で線を引いた。