概説記事で紹介したとおり、『言海』以前の日本には、近代的な意味での国語辞典が存在しなかった。この記事では、『言海』がもたらした、もっとも基本的な革新——「並べ方」そのもの——を見ていく。

それまでの語彙集は、どう並んでいたか

江戸時代までの日本で広く使われていた語彙集『節用集』は、単語を意味によって「天地」「時候」「人倫」「言語」……といった部門に分類し、その部門の中で、さらにいろは順やその他の基準で並べる、という方式をとっていた。つまり、ある単語を探すには、まずその単語がどの意味分類に属するかを、あらかじめ知っていなければならなかった。

これは、実用的な使い方——すでにある程度知っている単語を、正しい漢字で書きたいときに引く——には向いていたが、知らない単語の意味を調べるという、今日の辞書のもっとも基本的な使い方には、あまり向いていなかった。

「あ・い・う・え・お」だけを知っていればいい

『言海』が採用したのは、まったく違う原理だった。単語の意味にはいっさい関係なく、単語の最初の音だけを手がかりに、五十音(あ・い・う・え・お・か・き・く……)の順序で、すべての単語を一列に並べる。

この方式の強みは、単純さにある。辞書を引く人は、その単語の意味について、何も知っている必要がない。 ただ、その単語がどう発音されるかさえわかれば、五十音の順序をたどるだけで、必ずその単語にたどり着ける。今では当たり前すぎて意識すらされないこの仕組みは、実は、辞書の使い方そのものを作り変える発明だった。

意味分類による配列 (節用集など) 単語がどの分類に属するか 先に知っている必要がある 五十音順による配列 (『言海』) 発音さえわかれば 誰でも必ずたどり着ける 「知らない単語を調べる」という使い方を、初めて可能にした
意味分類から、音の順序へ——『言海』が変えた配列の原理。図:ToL

単純なアイデアほど、実装は難しい

とはいえ、「五十音順に並べる」という発想自体は、それほど目新しいものではなかった——五十音図自体は、平安時代の仏教学僧たちが、サンスクリット語の音韻学(悉曇学)の影響を受けて整理したものが起源とされ、江戸時代の国学者たちもこれを使いこなしていた。大槻の仕事は、この五十音という枠組みを、実際に数万語規模の語彙全体へ、一貫した規則で適用しきるという、地道で、しかし途方もない作業だった。長音・拗音・促音をどう位置づけるか、濁音・半濁音をどう扱うか——こうした細部のルールを一つひとつ決めていかなければ、五十音順は絵に描いた餅で終わってしまう。

まとめ

論点内容
それまでの方式意味分類ごとに単語を並べる——分類を知らなければ引けない
『言海』の方式単語の発音(最初の音)だけを手がかりに、五十音順で一列に並べる
もたらした変化「知らない単語の意味を調べる」という、今日の辞書の基本的な使い方を可能にした

一言でいえば——「あ・い・う・え・お」の順に並べる、というこの単純な思いつきこそが、辞書を「知っている人のための道具」から「知りたい人のための道具」へと変えた。