前の記事では、『言海』が単語の「並べ方」を変えたことを見た。この記事では、もう一つの革新——単語の「説明のしかた」——を見ていく。
それまでの辞書は、漢字を教えるものだった
江戸時代までの語彙集の多くは、実のところ、単語の意味そのものを説明するものではなかった。むしろ、ある大和言葉(訓読み)に対して、対応する漢字を示す、という役割が中心だった。「いぬ」という語を引けば「犬」という漢字が示される——これは、意味の説明というより、表記の手引きに近い。
これに対して『言海』は、単語一つひとつに、その単語が何を意味するのかを、別の日本語の文で言い換えて説明する、という作業を、辞書全体にわたって一貫して行った。今の私たちが辞書に期待する「語釈」(意味の説明)という機能そのものが、実はここから本格的に始まっている。
発音・アクセント・品詞まで
『言海』の革新は、語釈だけにとどまらない。概説記事で触れたとおり、大槻は「本書編纂ノ大意」という自筆の凡例で、この本の設計方針を項目ごとに説明している。そこには、発音の異なる同形語をどう区別するか、アクセント(高低)をどう表記するか、そしてそれぞれの単語が名詞・動詞・形容詞などのどの品詞に属するかをどう示すかという、当時まだ誰も体系的に取り組んでいなかった課題が、一つひとつ列挙されている。
「あたりまえ」を作った人は、忘れられやすい
この四つの要素——見出し語・発音表記・品詞・語釈——を一組にして示す、という辞書の基本設計は、今日、日本語の辞書を開けば、意識すらせずに目にする当たり前の姿である。しかし、この「当たり前」は、大槻が一つひとつ手探りで決めていった結果として、初めて存在するようになったものだった。よく知られる皮肉として、ある発明が本当に成功すると、それは「発明」であったことすら忘れられ、単なる「当たり前」として扱われるようになる、というものがある。『言海』の基本設計は、まさにその意味で、もっとも成功した発明の一つだと言える。
まとめ
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| それまでの辞書 | 大和言葉に対応する漢字を示す——表記の手引きに近い |
| 『言海』の方法 | 単語の意味を、別の日本語の文で言い換えて説明する(語釈) |
| 同時に整備したもの | 発音・アクセントの表記法、品詞の分類法 |
一言でいえば——「日本語を、日本語で説明する」というあまりに単純な発想を、大槻は辞書全体にわたって、初めて本格的にやり遂げた。