この特集は、概説記事から始まり、五十音順という発明、日本語で日本語を説明するという方法、序文の原文精読、そして文部省という国家事業とのつながり、後続の辞典への影響をたどってきた。最後に、この130年以上前の辞書を、現在の視点から採点する。
今も残っているもの
五十音順という配列、発音・品詞・語釈を一組にして示す構造——別の記事で見たとおり、これらは今日のすべての国語辞典に、当然のものとして受け継がれている。辞書を引くという行為そのものが、大槻の設計した骨格の上に成り立っている、と言っても過言ではない。また、日本語を日本語で説明するという語釈の方法そのものも、今日の国語辞典編纂の基本姿勢として、揺らぐことなく生き続けている。
書き換えられたもの
一方で、『言海』に収められた個々の語釈のなかには、130年以上のちの視点から見れば、明治という時代の限界がそのまま刻まれている部分も少なくない。当時の社会通念や知識水準を反映した語釈、現代の観点からは訂正が必要な語源の説明——こうした部分は、当然ながら、その後の国語学・辞書学の進展によって、繰り返し書き直されてきた。前の記事で見た大槻自身の『大言海』も、まさにこの意味での書き直しの、最初の一歩だった。
「手本のない仕事」だったことの重み
この判定を下すにあたって、忘れてはならない前提がある。概説記事で見たとおり、大槻は、参照すべき先例がほとんどないところから、この仕事を始めなければならなかった。今日の私たちが「当たり前」として使っている辞書の骨格——五十音順、発音表記、品詞分類、日本語による語釈——は、大槻がゼロから設計し、たった一人で、14年かけて実装しきったものである。後続の世代が『言海』の個々の内容を訂正できたのは、大槻が築いた骨格があったからこそでもある。土台そのものを一から作った仕事と、その土台の上で内容を洗練させていく仕事とでは、求められる種類の困難さが違う。
まとめ
| 判定 | 対象 |
|---|---|
| 今も残る | 五十音順の配列、発音・品詞・語釈の組み合わせ、日本語で日本語を説明する方法 |
| 書き換えられた | 個々の語釈・語源説明——明治という時代の知識水準を反映した部分 |
| 踏まえておきたい背景 | 参照すべき先例がほとんどないところから、骨格そのものを一人で設計しきった仕事だった |
一言でいえば——大槻文彦が本当に成し遂げたのは、正しい語釈を書くことではなく、「日本語の辞書とは、どうあるべきか」という問いに、ゼロから答えを出すことだった。その答えの骨格は、130年以上たった今も、書き換えられることなく生き続けている。