やさしい解説の記事で紹介した「陳述」という考え方を、ここでは『日本文法論』第二部「句論」の原文で読む。
「単一なる思想」とは何か
山田は、句(文)の定義に入る前に、まず「単一なる思想」とは何かを説明する。
単一なる思想とは一箇の統覚作用によりて之に統一されたるものをさすなり。
(単一の思想とは、一つの統覚作用によって、それが一つにまとめ上げられたものを指すのである。)
「統覚作用」(とうかくさよう)ということばは、当時ドイツの心理学者ヴィルヘルム・ヴントらが用いた概念(Apperzeption)の訳語で、複数のばらばらな観念を、意識のなかで一つのまとまりへと統合する働きを指す。山田は、この心理学の概念を借りて、なぜ、いくつもの単語の並びが、ばらばらのままではなく、一つの「思想」としてまとまるのかを説明しようとした。単語がただ並んでいるだけでは、思想はまとまらない。それを一つに束ねる、心の働きそのものが必要だ、というのが、山田の出発点である。
句とは、単一思想を表す「完全な一体」
続けて山田は、この「単一なる思想」をもとに、句(文)そのものを定義する。
こゝにいふ一の句とは、単一思想をあらはす一體ならざるべからず、しかもそれ他と形式上獨立したる一完全體ならざるべからず。
(ここで言う一つの句とは、単一の思想を表す一つのまとまりでなければならず、しかもそれは、他と形式のうえで独立した、一つの完全な単位でなければならない。)
この一文には、二つの条件が同時に示されている。第一に、句は単一の思想を表す「一つのまとまり」でなければならない——やさしい解説の記事で見た「花が咲く」のような文が、複数の単語でありながら一つの出来事を指すのは、これにあたる。第二に、句は形式のうえで「完全に独立」していなければならない——句点で区切られ、それだけで文法的に成り立つ単位でなければならない、ということである。
心理学の概念を、文法の説明に持ち込む
この一節の興味深い点は、山田が、当時最先端だったドイツの心理学の概念(統覚作用)を、日本語文法の説明に応用していることである。江戸時代までの国学者たちの文法研究は、多くが日本語の実例の観察と分類に重きを置いていた。山田は、そこに、西洋の心理学という新しい理論的な道具を持ち込むことで、「なぜ文は完結するのか」という、それまで正面から問われてこなかった問いに、理論的な説明を与えようとしたのである。
まとめ
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 単一なる思想 | 一つの統覚作用によって統一された、まとまりのある意味内容 |
| 句の定義 | 単一思想を表す一体であり、かつ形式上独立した完全な単位 |
| 方法の特徴 | ドイツ心理学の「統覚作用」概念を借りて、文の完結性を説明する |
一言でいえば——山田にとって、句とは、単語が並んだだけの集まりではなく、心の統覚作用によって一つにまとめ上げられ、形のうえでも独立した、完結した単位だった。