特集
山田孝雄の肖像(『アサヒグラフ』1953年12月2日号より)

山田孝雄

独学の国学者が、江戸から明治までのほぼ全ての文法家を名指しで斬ってから、自分の理論を語り始める。「花が咲く」と「花が咲くか」の違いはどこから来るのか——陳述論と係り結びという、日本語の文の仕組みそのものに迫る。『日本文法論』(1908) を読む。

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山田孝雄『日本文法論』(1908) を読む——全ての先行研究を斬ってから、自分の理論を立てた男

富士谷成章、本居宣長、鈴木朖、大槻文彦……江戸から明治までのほぼ全ての文法家の説を、一人ひとり名指しで検討してから、山田はようやく自分の理論を語り始める。二千頁近い大著の、その徹底ぶりから読む。

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陳述論とは何か——日本語の文は、最後まで言わないと「何をしたいのか」決まらない

「花が咲く」「花が咲くか」「花が咲け」——並んでいる単語はほとんど同じなのに、文末が変わるだけで、報告・質問・命令へと、まったく別の行為になる。山田孝雄が「陳述」と名づけた、日本語の文を文たらしめる仕組み。

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係り結びとは何か——古典日本語にだけあった、文末を遠くから決める呼応

「花ぞ咲きける」「花こそ咲きけれ」——文の途中に「ぞ」や「こそ」が一つ入るだけで、遠く離れた文末の活用形が変わってしまう。現代語にはもう存在しない、古典日本語だけの不思議な仕組みを読む。

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精読——「単一なる思想とは、一箇の統覚作用によりて統一されたるもの」——陳述論の原文

句とは何か。山田孝雄は、ヴントの心理学から借りた「統覚作用」という概念を軸に、単一の思想がどうして一つの「句」としてまとまるのかを説明していく。『日本文法論』第二部「句論」の核心を、原文で読む。

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精読——「從來係り詞と稱せられたるもの」——係助詞をめぐる、先人たちとの対話

本居宣長、富士谷成章……山田は、係り結びの仕組みそのものよりもまず、それを指すことばを、誰がどう呼んできたかを一つひとつ検討する。「係る」という一語の由来を、原文で読む。

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系譜——「陳述」ということばは生き延び、山田文法そのものは学校に採用されなかった

山田が作った「陳述」という用語は、今も日本語文法学の基本語彙であり続けている。しかし、学校で教わる文法——「文節」に区切って読むあの方式——は、山田ではなく、次の世代の橋本進吉が作ったものだった。

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判定——『日本文法論』は、100年以上のちの日本語学からどう見えるか

「陳述」という発想、「文は最後まで言われないと完結しない」という洞察は、今も生きている。だが、その仕組みをドイツ心理学の「統覚作用」で説明する部分は、後続の研究者によって、幾度も書き換えられてきた。手本のないところから始まった仕事を採点する。

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