概観で見たとおり、「言語とは何か」という問いは、プラトンとアリストテレスという師弟のあいだで生まれた。この章では、二人がこの問いにどう答え、どこで意見が分かれたかを、あらためて並べて読む。
プラトンが開いた、二つの立場
紀元前4世紀、プラトンは対話篇『クラテュロス』のなかで、ヘルモゲネスとクラテュロスという二人の論客に、正反対の立場を語らせる(記事036)。ヘルモゲネスにとって、名前の正しさは「取り決めと合意」にすぎない。クラテュロスにとって、名前は「自然によって」定まっている。ソクラテスはどちらの肩も持たず、両者のあいだで議論を組み立て直す——名前とは、ものを分けるための道具(ὄργανον)であり、その道具を作る「立法者」と、それを判定する「弁証家」がいる、と(記事038)。そして対話の最後、ソクラテスは自然説の強い形を退け、「知識は名前からではなく、ものそれ自体から学ぶべきだ」と結論する(記事041)。
つまり『クラテュロス』は、フュシスかノモスかという二択そのものには決着をつけない。かわりに、名前を道具として捉える第三の道を示して終わる。
アリストテレスの答え——取り決めを、公理にする
プラトンの死後、その学園アカデメイアで約20年学んだアリストテレスは、論理学の教科書『命題論』の冒頭、名詞を定義する一文で、この問いに決着をつける。
名詞とは、取り決めによって何かを意味する声であり、時をふくまない。
議論はない。前提として、さらりと置かれるだけだ(記事043)。まるで、師の対話篇が半世紀近くかけて掘り下げた問いに、もう決着はついているかのように。だがアリストテレスは、プラトンの答えをそのまま引き継いだわけではない。彼が退けたのは、まさにプラトンが最後にたどり着いた道具モデルである。
文は取り決めによって意味するのであって、道具としてではない。
ことばは、対象を切り分ける器具ではなく、取り決めによって意味を担う記号(σύμβολον)だ——プラトンが「名前とは道具である」と積み上げた議論を、アリストテレスは一言で置き換える。取り決めという結論は受け継ぎながら、その結論を支える理屈は取り替えている。
単位のずらし——名前から、文へ
だが、アリストテレスの本当の一手は、この置き換えそのものより先にある。プラトンの『クラテュロス』は、終始名前(ὄνομα、単語)の正しさを論じていた——「アンドロポス(人間)」という語が正しいかどうか、「機織りの梭」にたとえられる名前の善し悪し、という具合に。
アリストテレスは、この問いの単位をずらす。名詞(ὄνομα)にも動詞(ῥῆμα)にも、それ自体としての真偽はない。真偽が宿るのは、両者を組み合わせてできる文(λόγος)、なかでも「主張文」(ἀπόφανσις)だけだ(記事045)。「人間」という語も「白い」という語も、単独では真でも偽でもない。「人間は白い」という文になって初めて、真偽を問える。
これは静かだが大きな転回である。プラトンが「この名前は正しいか」と問うたのに対し、アリストテレスは「この文は真か」と問う。前者の答えは──『クラテュロス』が示したとおり──語源や音の模倣をどれだけ遡っても、最後は取り決めに行き着き、すっきりしない。後者の答えは、論理学として体系化できる。実際アリストテレスは、この文の分類から、肯定・否定・矛盾・対立の四角形(記事046)という、二千年以上使われる論理学の骨格を組み立てていく。
何が受け継がれ、何が切り捨てられたか
アリストテレスが引き継いだのは、「言語は取り決めによる」という結論そのものだ。だが、その結論を導いた道筋——ものを分ける道具として名前を吟味する、という発想——は切り捨てられた。かわりに彼は、記号の恣意性を声と文字の側だけに限定し、その奥にある「心のうちの印象」(παθήματα τῆς ψυχῆς)は万人に共通で自然だ、という強い前提を置く(記事043)。恣意的なのは記号の表層だけで、その奥の概念は普遍的——この切り分けが、二千年以上のちにフンボルトとサピア=ウォーフが挑むことになる前提そのものである。
こうして、プラトンが慎重に未決のまま残した問いは、アリストテレスの手で、深く検討されないまま公理に変わる。「ことばは取り決めによる」は、以後二千年以上、ほとんど疑われることなく引き継がれていく——ソシュールが「記号の恣意性」としてこれをもう一度、第一原理として立て直すまで(第4章)。だがそれより先に、この公理の上に、まったく違う建物を建てようとする者たちが現れる。17世紀パリ郊外、ポール・ロワイヤル修道院である。