概説記事で紹介したとおり、ブルークマンは「青年文法学派」と呼ばれるグループの中心人物だった。この記事では、そのグループが言語学に持ち込んだ、もっとも重要な姿勢の変化を見ていく。
これまでの学者たちは、例外を「そういうもの」で済ませていた
19世紀の比較言語学は、すでにボップやグリム、ラスクによって、言語どうしの対応関係——たとえば、ある音が別の言語では規則的に別の音に対応する、というパターン——を数多く発見していた。しかし、どんな規則にも、必ずいくつかの「例外」が見つかった。ある単語だけが、なぜかその規則に従わない。
それまでの学者の多くは、こうした例外を前にして、「言語にはこういう不規則性もあるものだ」と割り切って、深く追及しないことが多かった。
ブルークマンの世代は、それを許さなかった
ブルークマンをはじめとする青年文法学派の学者たちは、この態度に強く反対した。例外に出会うたびに、「なぜこの単語だけが規則に従わないのか」という理由を、体系的に、そして毎回、突き止めようとする——これが彼らの立場だった。理由が見つからないうちは、その研究課題はまだ終わっていない、とすら考えた。
たとえるなら、こういうことである。ある教室で、大半の生徒が同じ間違いを繰り返すテスト問題があったとする。「まあ、そういうこともあるだろう」で済ませる先生もいれば、「なぜこの問題だけ、こんなに間違いが多いのか」を突き止めようとする先生もいる。ブルークマンの世代は、間違いなく後者だった。
この姿勢が生んだもの
この「例外には必ず理由がある」という信念こそが、青年文法学派が言語学に持ち込んだ、もっとも大きな転換点である。そして、この理由探しのなかで、彼らがたどり着いた最大の発見の一つが、「類推」(アナロジー)と呼ばれる現象だった。次の記事では、この類推という考え方を紹介する。
まとめ
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| これまでの態度 | 例外は例外として、深く追及されないことが多かった |
| 青年文法学派の立場 | 例外に出会うたびに、体系的に理由を探し求める |
| 帰結 | 「なぜ」の答えが見つかるまで、学問の課題は終わらない、という姿勢 |
一言でいえば——ブルークマンの世代が変えたのは、新しい発見そのものよりも、例外にどう向き合うかという、学者としての「姿勢」だった。