カール・ブルークマン
シュライヒャーの死から18年、「青年文法学派」の代表格ブルークマンは、ボップの流れる記述とシュライヒャーの整然とした個別文法を統合する新しい教科書を書いた。『比較文法要説』(Grundriss) を、「例外には必ず理由がある」という宣言から、類推という発見、そして同時代のシューハルトとの論争まで読む。
カール・ブルークマン『比較文法要説』(1886) を読む——例外を許さない世代の教科書
シュライヒャーの死から18年。若い世代の言語学者たちは、彼の教科書には満足しなかった。ボップの流れるような記述と、シュライヒャーの整然とした個別文法を統合しつつ、あらゆる例外に理由を求める——「青年文法学派」の代表作を読む。
「例外には、必ず理由がある」——青年文法学派が変えた、たった一つの姿勢
これまでの言語学者は、説明のつかない例外を「まあ、そういうものだ」で済ませてきた。ブルークマンの世代は、それを許さなかった。なぜか、を突き止めるまで、学問の仕事は終わらない——という宣言。
類推——子どもの言い間違いが、言語の歴史を書き換える
「行った」を真似て「食べった」と言う子ども。「見れる」「食べれる」という、ら抜き言葉。これは間違いなのか、それとも言語がもともと持っている力なのか——青年文法学派が音法則と並べて重視した、もう一つの変化の原動力。
精読——序文の脚注一つに刻まれた、青年文法学派の宣言
『比較文法要説』の序文、本文ではなくたった一つの脚注に、ブルークマンは自分たちの世代の姿勢をこう書き記した。「なぜか」の答えが見つかるまで、学問の課題は終わらない。原文のドイツ語で読む。
精読——「ボップとシュライヒャーの、ちょうど中間」——ブルークマンによる自己位置づけ
自分の本を、どう位置づけるか。ブルークマンは序文で、先人たちの名前を挙げながら、率直にそう語っている。シュライヒャーの『要覧』への評価と、自分の記述法の狙い。原文のドイツ語で読む。
系譜と論争——ボップとシュライヒャーを継ぎ、シューハルトに挑まれる
『比較文法要説』が刊行されるちょうど1年前、ある学者が「音法則に抗して——青年文法学派に対抗して」と題する挑戦状を書いていた。ブルークマンの世代は、この特集で読んできたボップやシュライヒャーとどうつながり、そして同時代の誰と対立していたのか。
判定——ブルークマンの『比較文法要説』は、140年近くのちの言語学からどう見えるか
「例外には理由がある」という姿勢、そして「類推」という発見。この二つは、今も歴史言語学の土台であり続けている。だが「音法則は例外なく働く」という強い主張そのものは、シューハルトの反論以降、より慎重な形へと書き換えられていった。八つの特集をたどった、歴史編の締めくくり。