このサイトのシュライヒャーの特集で読んだ『比較文法要覧』(1861) の18年後、一冊の新しい教科書が刊行される。カール・ブルークマン(1849–1919)の『比較文法要説』(Grundriss der vergleichenden Grammatik der indogermanischen Sprachen, 1886) である。

「青年文法学派」の代表格

ブルークマンは、ライプツィヒ大学で学び、フライブルク大学を経て、1887年からライプツィヒ大学の教授を務めた。彼は、19世紀後半のライプツィヒに集まった若手言語学者のグループ——「青年文法学派」(Junggrammatiker) と呼ばれる一派——の中心人物の一人である。このグループは、ヘルマン・オストホフとの共著『形態論研究』(1878年) の序文で、「音法則は例外なく働く」(Ausnahmslosigkeit der Lautgesetze) という原則を高らかに宣言したことで知られる。本特集で読む『比較文法要説』は、その原則を、実際の教科書としてどう実践したかを示す一冊である。

シュライヒャーへの静かな不満

序文でブルークマンは、なぜ新しい教科書が必要なのかを説明している。シュライヒャーの『要覧』は優れた本だったが、著者自身が死の直前まで改訂を重ねたにもかかわらず、すでに1876年の時点で、編集者たちから「全面的な書き直しが必要」と判断されていた、と。言語学という学問が、この20年でそれだけ急速に進んだということである。ブルークマンは、自分の本がその空白を埋める、と静かな確信をもって書いている。

ボップ 1833 流れる全体像 個別言語は全体に溶ける シュライヒャー 1861 整然とした個別文法 言語ごとに数珠つなぎ ブルークマン 1886 両者の中間 長所の統合をめざす 三世代にわたる比較文法教科書——それぞれが前の世代の限界に応えている
ボップからブルークマンまで、教科書のスタイルの変遷。図:ToL

この特集の見取り図

この特集ではまず、青年文法学派の中心にある考え方——「例外には必ず理由がある」という姿勢と、「類推」という変化のもう一つの原動力——を、専門用語なしで紹介する。続いて、序文の原文をドイツ語で精読し、ブルークマン自身がボップとシュライヒャーの両方をどう位置づけていたかを読む。そして、青年文法学派をめぐる当時の論争、この特集のこれまでの人物たちとのつながり、最後に現代言語学からの検証で締めくくる。

まとめ

論点内容
誰がカール・ブルークマン(1849–1919、ドイツ、ライプツィヒ大学教授)
代表作『比較文法要説』第1巻(1886)
学派青年文法学派(Junggrammatiker)の中心人物
この本の位置づけシュライヒャーの『要覧』に代わる、次世代の標準教科書

一言でいえば——ブルークマンは、ボップの流れる記述とシュライヒャーの整然とした個別文法、その両方の長所を引き継ぎながら、「例外には必ず理由がある」という新しい世代の信念を教科書に刻み込んだ。