概観で先取りしたとおり、この系譜は一本の問い——言語の変化は自然法則か、人間の営みか——をたどる旅である。その出発点は、まだどちらとも決まっていなかった瞬間にある。

一つの段落——ジョーンズ

1786年、カルカッタ。イギリス人判事ウィリアム・ジョーンズは、アジア協会の年次講演で、サンスクリット語について、こう述べた。

サンスクリット語は、その古さがどうであれ、驚くべき構造を持っている——ギリシア語よりも完成されており、ラテン語よりも語彙が豊かで、そのどちらよりも精緻に洗練されている。それでいて、動詞の語根においても文法の形式においても、両者に対して、偶然には生まれえないほど強い類似性を示している。(記事075

この一段落が、比較言語学という学問全体の出発点になった。だが、ここで注目すべきは、ジョーンズが何を示していないかである。彼は、サンスクリット語・ギリシア語・ラテン語が、なぜ、どのようにして似ているのかという仕組みまでは示していない。示したのは、「これほどの類似は偶然ではありえない」という直感と、「共通の祖先があったに違いない」という推論だけである(記事077)。問いは生まれたが、まだ方法は生まれていなかった。

32年後——ラスク

ジョーンズの講演から32年後の1818年、デンマークの旅する言語学者ラスムス・ラスクは、王立学術協会の懸賞論文でこう書く。

Den grammatikalske Overensstemmelse er et langt sikrere Tegn paa Slægtskab eller Grundenhed…

(文法上の一致は、言語どうしの親族関係、あるいは根本的な同一性をはるかに確かに示す徴である……)(記事104

これは、ジョーンズの直感を、検証可能な手続きに変える一歩だった。単語が似ているという印象は、偶然の一致や、後からの借用でも説明できてしまう。しかし、文法の仕組み——語形変化のパターンそのもの——が、複数の言語のあいだで規則的に対応しているなら、それは偶然でも借用でも説明がつかない。ラスクは、この規則性を、グリーンランド語やマレー語など、明らかに無関係な言語との比較によって、反証可能な形で示してみせた(記事107)。

ジョーンズ 1786 「偶然ではありえない」 直感と推論 ラスク 1818 文法の規則的対応 反証可能な手続き 32年をかけて、「問い」が「方法」に変わった
ジョーンズの直感から、ラスクの方法へ。図:ToL

まだ「自然法則」ではない

この段階では、言語の変化は、まだ「自然法則」とも「人間の営み」ともはっきり位置づけられていない。ラスクが示したのは、あくまで対応のパターンが規則的だという観察であり、その規則性が「なぜ」生じるのかという問い——自然の力によるものか、人間の話し手たちの行動によるものか——には、まだ踏み込んでいない。概観の軸で言えば、この章はまだ、どちら側にも属さない出発点である。

ただし、方向性の芽は、すでにここにある。ラスクは「もっとも技巧的な文法を持つ言語こそ、もっとも根源的で、混じり気のない言語である」とも書いており(記事106)、複雑さを「本来の姿」、単純化を「崩れ」と見る発想の萌芽が、すでにここに顔を出している。この発想は、次章でグリムとボップに受け継がれ、やがてシュライヒャーのもとで「自然法則」の側へと、はっきり傾いていくことになる。

まとめ

人物(著作・年)何を示したか位置づけ
ジョーンズ(1786)サンスクリット語とギリシア語・ラテン語の類似は偶然ではない、という直感問いの誕生
ラスク(1818)文法の規則的対応こそ、血縁の確かな指標——検証可能な手続きへ方法の誕生

一言でいえば——32年のあいだに、「偶然ではない」という一人の直感は、「規則的な対応」という、誰もが検証できる方法へと育った。次章では、この方法が、どのようにして「法則」と呼ばれるようになり、「有機体」という比喩と結びついていくかを見る。