前章で見たとおり、グリムは規則性を表にし、ボップは「有機体」という比喩を持ち込んだ。だが、どちらもまだ、言語を字義どおりの自然物だとは主張していなかった。1861年、二人の学者が、それぞれ別の角度から、その一線を越える。

「言語学は自然科学だ」——ミュラー

イギリスで大人気を博した連続講演の第1回、マックス・ミュラーは、こう宣言する。

There are two great divisions of human knowledge… Physical science deals with the works of God, historical science with the works of man.

(人間の知識には大きな区分が二つあり……自然科学は神のわざを対象とし、歴史科学は人間のわざを対象とする。)(記事090

言語は、人間が話し、作り変えていくものだから、当然「歴史科学」(人間のわざ)の対象だと思える。だが、ミュラーはあえてこの直感に逆らう。一人の話者が、思いつきで言語を変えることはできない。 言語は、話者一人ひとりの意志を超えて、植物や結晶が育つように、それ自体の法則にしたがって変化していく——だから言語学は、地質学や植物学と同じ、自然科学に属するべきだ、と(記事090)。ミュラーはまた、グリムの対応表に「グリムの法則」という名前を与え、この規則性を世に広めた張本人でもある(記事091)。

「言語は生きるが、歴史を持たない」——シュライヒャー

ミュラーの講演と同じ年、植物学者でもあったドイツの言語学者アウグスト・シュライヒャーは、『比較文法要覧』の脚注に、もっと踏み込んだ一文を書き記す。

die sprachen leben, wie alle naturorganismen; sie handeln nicht, wie der mensch, haben also auch keine geschichte…

(諸言語は、あらゆる自然の有機体と同じように、生きる。人間のように行為するのではない。ゆえに……諸言語は歴史をも持たない。)(記事120

ここで、前章で見たボップの「有機体」という比喩は、字義どおりの主張へと変わる。シュライヒャーにとって、言語は、樫の木が育つのと同じように、人間の意思とは無関係に、生まれ、育ち、そして衰退する自然物だった。彼は、言語の歴史を「先史時代の発展」と「有史時代の衰退」の二段階に分け、記録に残るすべての言語は、すでに最盛期を過ぎた下り坂にあると主張する(記事119)。この断定が脚注という控えめな場所に置かれている点も見逃せない。シュライヒャー自身にとって、これはことさら論証すべき新説ではなく、すでに自明な前提だったのである。

ミュラー 1861 「言語学は自然科学だ」 植物・結晶のたとえ 分類としての宣言 シュライヒャー 1861 「言語は生きるが歴史を持たない」 樫の木のたとえ 字義どおりの主張 同じ年、別々の道から、同じ結論へ——言語は自然物である
1861年、振り子がもっとも大きく「自然法則」側へ振れる。図:ToL

三段階の分類という、もう一つの一致

この二人が同じ年にたどり着いたのは、この結論だけではない。ミュラーもシュライヒャーも、それぞれ独立に、言語を孤立語・膠着語・屈折語という三段階に分類する体系を採用している(記事092記事120)。この分類は、単純なものから複雑なものへの「発展」の序列として示され、シュライヒャーの「先史時代の発展」という主張とぴったり重なる。19世紀ヨーロッパの学者たちの多くが、多かれ少なかれ共有していた前提だった。

まとめ

人物(著作・年)何を主張したか位置づけ
ミュラー(1861)言語学は自然科学である——植物や結晶と同じ法則の対象自然法則
シュライヒャー(1861)言語は生きるが、人間のように歴史を持たない——衰退という自然現象自然法則

一言でいえば——1861年、ボップの比喩は、二人の学者の手で、字義どおりの主張へと育った。言語は、もはや「有機体のようなもの」ではなく、「有機体そのもの」になった。次章では、この振り子が、もう一人の学者の中で、どのようにして揺り戻され始めるかを見る。