品詞というと、名詞、動詞、形容詞、副詞、助詞、助動詞……と暗記した記憶がある人も多いだろう。松下大三郎は、その数え方に、待ったをかけた。『標準日本文法』の第三編、第二章「品詞及び品詞部」を、やさしく読む。(以下、引用の現代語訳は ToL による。)
従来の品詞は、九つ
松下は、まず、それまでの品詞の数え方を、書き出す。
従来の日本文典は通常、名詞、代名詞、動詞、形容詞、副詞、接続詞、助詞、助動詞、感動詞の九品詞とし、
(これまでの日本の文法書は、ふつう、名詞、代名詞、動詞、形容詞、副詞、接続詞、助詞、助動詞、感動詞の九つの品詞としており、)
松下は、ヨーロッパの文典が、ふつう、名詞、代名詞、形容詞、動詞、副詞、前置詞、接続詞、間投詞の八品詞としていることにも触れている。
松下の五品詞
そのうえで、松下は、こう言う。
品詞は之を定めて感動詞、名詞、動詞、形容詞、副詞の五品詞とすべきである。
(品詞は、これを定めて、感動詞、名詞、動詞、形容詞、副詞の五つの品詞とすべきである。)
九つから五つへ。外れたのは、代名詞、接続詞、助詞、助動詞である。代名詞と接続詞の扱いは、この記事では追わない。(代名詞は、やさしい解説③で見る。)ここでは、いちばん大胆な、助詞と助動詞を、品詞から外すところに注目する。
「人と靴」のたとえ
松下は、その理由を、こう述べる。
其れ故本書の五品詞中には助詞助動詞は含ませて居ない。
(そのために、この本の五つの品詞のなかには、助詞と助動詞は含めていない。)
助詞と助動詞は、松下の用語では、原辞(詞の部品)である。では、なぜ、部品なのか。松下は、人と靴で、たとえる。念詞(詞)は人で、助詞と助動詞は靴だ、と言うのである。
念詞は人で助詞助動詞は靴だ。
(詞は人であって、助詞・助動詞は靴である。)
松下の言うところは、こうである。人は、はだしでも人だ。靴を履いても、人と靴の二人になるわけではない。靴は、人に履かれて、はじめて人と共に一人の人をなすのであって、靴自身は、人ではない。助詞や助動詞も、同じだ、と。
「を」や「たり」は、「花」や「咲き」に付いて、はじめて働く。それ自身は、一つの詞ではない。だから、品詞の仲間には入れない、というのである。
さらに、松下は、従来の文典を、こう批判する。従来の文法書は、助詞、助動詞といった原辞を、詞と見ている。それなのに、接頭辞、接尾辞は、一つの詞と見ていない。それでは、詞の概念が、徹底していない、と。
「深し」は、動詞である
もう一つ、五品詞のなかで、目を引くことがある。松下の動詞は、学校文法の動詞より、ずっと広い。
第四編の動詞の説明のなかに、こういう例が出てくる。
父母の恩は海よりも「深し」。
霜葉は二月の花よりも「紅なり」。
「深し」も、「紅なり」も、学校文法なら、形容詞や形容動詞である。ところが、松下は、これらを、動詞の運用(比較態)の例として挙げる。また、「恨む」「悲む」と並べて、「長し」「短し」なども、常に判定性(その物事についての判断)を帯びる、と書く。
つまり、松下の五品詞では、学校文法で形容詞と呼ぶものの多くが、動詞の仲間に入っている。松下の「形容詞」は、別の意味で使われている。その中身は、この記事では、確認できていない。
分類の基準は何か
なぜ、こんなにも違うのか。松下は、品詞を、その詞が本来持っている職能(はたらき)で分ける。「恨む」と「恨み」は、同じ原辞を使っていても、同じ念詞ではない、と言う。
「怨む」は人の動作で人から離れない。「怨み」は一つの無形物である。全く違つた概念である。
(「怨む」は人の動作であって、人から離れない。「怨み」は、一つの形のないものである。まったく違う概念である。)
だから、松下は、原辞の分類と、念詞(詞)の分類とは、分類の基準が違う、と言う。
読むうえで、確かめておきたいこと
第一に、「靴」のたとえは、松下の主張の中心を、分かりやすく言ったものであって、証明ではない。 「助詞は、単語ではない」という主張が、日本語の説明として、うまくいくかどうかは、別に考えなければならない。この点は、判定の記事で整理する。
第二に、松下の「形容詞」や「動詞」は、学校文法の同じ名前の品詞と、指す範囲が違う。 名前が同じでも、中身が同じとは限らない。松下の五品詞を読むときは、その定義を、必ず確かめる必要がある。
まとめ
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 従来の品詞 | 九品詞(名詞、代名詞、動詞、形容詞、副詞、接続詞、助詞、助動詞、感動詞) |
| 松下の品詞 | 五品詞(感動詞、名詞、動詞、形容詞、副詞) |
| 外れたもの | 助詞・助動詞は、品詞ではなく、原辞(詞の部品) |
| たとえ | 詞は人、助詞・助動詞は靴。「靴自身は人ではない」 |
| 動詞の広さ | 「深し」など、学校文法の形容詞にあたるものも、動詞の運用として扱われている |
| 分類の基準 | 詞が本来持つ職能。「怨む」と「怨み」は別の概念 |
一言でいえば——松下大三郎は、助詞と助動詞を「靴」にたとえ、品詞から外した。人が靴を履いても、二人にはならない、というのである。