やさしい解説①で、松下大三郎が、言語を三つの階段(断句・念詞・原辞)に分けることを見た。この記事では、その一番下の階段、原辞を、第二編「原辞論」の総説(61–62頁)で確かめる。(以下、引用の現代語訳は ToL による。)

原辞論とは、何を論じるのか

第二編の書き出しは、次の一文である。

原辞論は文法学の二分科の一つであって、念詞の材料たる原辞の、念詞中に於ける文法的法則を論ずるものである。

(原辞論は、文法学の二つの分野の一つであって、詞の材料である原辞が、詞の中で従う文法上の決まりを論じるものである。)

ここで大事なのは、「詞の中で」という言葉である。原辞論が扱うのは、詞の内側の決まりである。詞と詞のあいだの決まり(文の組み立て)は、また別の話になる。

単位を決める、松下の手つき

松下は、次のような順序で、原辞を取り出す。言語を、「自分だけの力で観念を表せる」という条件で区切っていくと、区切って得られたものは、みな念詞(詞)になる。ところが、言語の組み立てには、詞よりも下に、さらに原辞という単位がある。詞は、その原辞からできている、と言う。

原辞は、それ以上分けられないところまで分けたものである。松下は、原辞の例に、「山(やま)」「山(さん)」「海(うみ)」「海(かい)」「往く」「来る」「を」「に」「なり」「たり」などを挙げる。(読みは、原文のふりがなによる。)

ここで、面白いことが起こる。原辞には、次の二種類がある。

つまり、「山」という文字は、「やま」と読めば、自分だけで詞になれる。だが、「サン」と読めば、なれない。「高山」「山河」のように、ほかの原辞と結びついて、はじめて詞になる。

「學生らしい」で、確かめる

松下は、具体的な例で、詞と原辞の関係を示す。

例へば「学生らしい」は一つの念詞であるが、「らしい」は単独の力では一観念を表はさないから「学生」と「らしい」との二念詞とすることは出来ない。併し自己単独の力であつてもなくても一つの意義を表はすとしてならば、分解して「学」「生」「らしい」の三つとすることが出来る。

(たとえば「学生らしい」は、一つの詞であるが、「らしい」は、単独の力では一つの観念を表さないので、「学生」と「らしい」の二つの詞とすることはできない。しかし、自分だけの力であってもなくても、一つの意味を表すものとして分けるなら、「学」「生」「らしい」の三つに分解することができる。)

ここに、松下の考え方が、よく出ている。

連辞と、連詞

原辞が、ほかの原辞と結びつくと、どうなるか。松下は、こう言う。「山(サン)」「海(カイ)」や「を」「に」のような、自分だけでは詞になれないものは、「山河」「高山」「花を」「月に」のように、ほかの原辞と結びついて、いっしょに一つの原辞になり、そのうえで、一つの詞になる。この、結びついた原辞を、連辞と呼ぶ。

「山(やま)」「海(うみ)」のように、自分だけで詞になれるものも、「高山(たかやま)」「山川」「荒海」「内海」「山を」「海に」のように、ほかの原辞と結びついて連辞になってから、詞になることが多い。これも、連辞である。

一方、詞と詞が結びついたものは、連詞と呼ばれる。松下は、例を挙げる。

「春風ぞ吹く」は一つの連詞であるが、「春風ぞ」といふ念詞と「吹く」といふ念詞から成立して居る。

(「春風ぞ吹く」は一つの連詞であるが、「春風ぞ」という詞と、「吹く」という詞からできている。)

ここで、「春風ぞ」が、一つのとして数えられていることに注意したい。「春風」に「ぞ」が付いたものが、一つの詞である。「ぞ」は、部品である。

原辞に働く、二種類の決まり

最後に、松下は、原辞論が扱う決まりを、二つに分ける。一つは、その原辞だけに存する決まり(単独的法則)、もう一つは、ほかの原辞との関係のなかで存する決まり(相関的法則)である。そのため、原辞論は、「原辞単独論」と「原辞相関論」の二つに分かれる。

松下が挙げる例は、次のようなものである。

種類
単独的法則「行く」という原辞が、「行か」「行き」「行け」と変化する。「白」が「しら」ともなる
相関的法則「人殺し」とは言うが「人殺」とは言わず、「殺人」と言う。「帰り道」とは言うが、「帰れ道」とは言わない

活用(「行く」が「行か」「行き」「行け」と変わること)が、その原辞に備わった決まりとして、原辞論の側に置かれている。これも、学校文法とは違う、松下の整理の仕方である。

それだけで詞になれる原辞 山(やま) 海(うみ) 往く それだけでは詞になれない原辞 山(サン) 海(カイ) を に 連辞(原辞+原辞)→ 一つの詞 高山 荒海 花を 學生らしい 連詞(詞+詞) 春風ぞ吹く(春風ぞ/吹く) 図:ToL(松下『標準日本文法』61–62頁の説明による)
原辞・連辞・連詞。図:ToL

読むうえで、確かめておきたいこと

第一に、原辞は、「形態素」のような単位に近いが、同じではない。 松下は、原辞を、意味があることを条件として、これ以上分けられないところまで分けたものと考えている。現代の「形態素」との関係は、この記事では確かめていない。

第二に、この総説は、原辞論の入口である。 原辞の一つ一つの決まり(活用など)が、実際にどう整理されているかは、第二編の本文を読まなければ分からない。この特集では、そこまでは、確認していない。

まとめ

論点内容
原辞論詞の材料(原辞)が、詞の中で従う決まりを扱う
原辞意味のあるまま、これ以上分けられないところまで分けたもの
二種類の原辞それだけで詞になれるもの(山=やま)/なれないもの(山=サン、を、に)
「学生らしい」一つの詞。「学」「生」「らしい」の三つの原辞に分解できる
連辞・連詞原辞どうしの結合が連辞、詞どうしの結合が連詞
二つの法則原辞だけに存する決まり(活用など)と、他の原辞との関係で存する決まり

一言でいえば——松下大三郎は、詞を、原辞という部品に分け、「山」が「やま」なら一人前、「サン」なら部品、というところまで、単位の線を引いた。