特集
松下大三郎の名と、断句・念詞・原辞の三つの単位を「学生らしい」で示した図(写真の代わり)

松下大三郎

「を」「に」「たり」は、単語ではない。「学生らしい」は、三つの部品でできた一つの詞である。助詞・助動詞を品詞から外し、「形式名詞」を名詞の一種に据えた文法学者。『標準日本文法』(1924) を、原文で読む。

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松下大三郎を読む——「花を」「月に」を一つの「詞」と見て、日本語の文法をゼロから組み立て直した人

「を」「に」「たり」は、一つの単語ではない。「学生らしい」は、三つの部品でできた一つの詞である。松下大三郎(1878–1935)は、学校で習う文法とはまったく違う出発点から、日本語の文法を組み立てた。『標準日本文法』(1924) の見取り図を、原文の言葉で読む。

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「花を」は一つの詞、「を」は部品——言語を三つの階段に分ける

文は、単語が並んでできている。松下大三郎は、そう考えなかった。言語には、話の単位(断句)、詞(念詞)、詞の部品(原辞)という、三つの階段がある。「花を」「月に」「咲きたり」が、一つの詞なのはなぜか。

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九つの品詞が、五つになった——助詞・助動詞は「靴」である

学校で習う品詞は、名詞、動詞、形容詞、助詞、助動詞……と、十ほどある。松下大三郎は、日本語の品詞を五つにした。助詞と助動詞は、品詞から外れる。その理由は、「人と靴」のたとえで説明される。

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「これ、何をする」の「これ」は、代名詞か感動詞か——直観の詞と、概念の詞

「これ」は、名前の代わりをする代名詞だと習う。だが、「これ、何をする」と言うときの「これ」は、何かの代わりだろうか。松下大三郎は、代名詞は感動詞に変わりやすい、と言う。そこには、詞を「直観」と「概念」で分ける、独特の考えがあった。

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精読——「學生らしい」は三つの原辞でできた一つの詞——原辞論の書き出しを読む

「山」は、それだけで一つの詞になれる。だが、音読みの「山(サン)」は、なれない。「を」も、「に」も、なれない。松下大三郎は、詞の部品を「原辞」と呼び、その結びつき方の決まりを、文法学の一つの柱にした。第二編「原辞論」の総説を、原文で読む。

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精読——「者」「こと」「筈」「ため」——名詞を三つに分けた、形式名詞

「知らざる筈なし」の「筈」は、何を指しているのか。「来る者は拒まず」の「者」は。松下大三郎は、名詞を、本名詞・代名詞・形式名詞の三つに分け、意味が抜けて形だけが残った名詞を、「形式名詞」という名で、はっきり位置づけた。第三編の、その箇所を原文で読む。

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遺産と判定——「形式名詞」は生き残り、「助詞は単語ではない」は少数派にとどまった

「形式名詞」という用語は、今も、ふつうに使われる。一方、助詞・助動詞を品詞から外す五品詞は、学校文法には採られなかった。松下大三郎の仕事を、用語、単位の切り方、品詞の三つに分けて採点する。

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