この特集は、概説記事から始まり、三つの単位、五品詞、感動詞と代名詞、原辞論、形式名詞を、松下大三郎の原文で読んできた。最後に、それぞれが現在どう扱われているかを整理する。

なお、この記事の「現在の扱い」は、日本語学の一般に知られた整理であり、個々の論文を、一つずつ確認したものではない。断定を避けるため、確かなものと、そうでないものを分けて書く。

生き残った——形式名詞という用語

「者」「こと」「所」「筈」「ため」のような、実質的な意味の薄い名詞を、形式名詞と呼ぶことは、現在の文法書や辞書でも、ふつうに行われている。精読②で見たとおり、松下は、この種の名詞を、名詞の一種として、はっきり位置づけた。

ただし、「形式名詞」という呼び名が、松下に始まるのかどうかは、この特集では確かめていない。松下自身は、従来の日本の文典に、その名称はなかった、と書いている。

採られなかった——五品詞と、「靴」の考え

一方、学校で教える文法は、橋本進吉の説に基づいて、単語を十の品詞に分け、助詞と助動詞を、付属語として、品詞の一つに数えている。(橋本については、橋本進吉の特集を参照。)助詞と助動詞を品詞から外す松下の五品詞は、この、いわば標準の流れには、採られなかった。

これは、松下の考えが「間違っていた」ということではない。「を」「に」「たり」が、それだけでは自立できないという観察は、松下も学校文法も、共有している。分かれたのは、その扱い方である。学校文法は、それを「付属語」という単語の一種にした。松下は、「靴」のように、詞の部品とした。

現代の日本語学には、助詞や助動詞を、語というより、語に付く要素(接辞や語尾に近いもの)として扱う考え方も、ある。松下の見方は、その考え方と、通じるところがあると言える。ただし、それは、松下が現代の理論を先取りした、という意味ではない。この記事では、両者の関係を、確かめていない。

大胆だった——動詞の広さ

松下の「動詞」は、「深し」のような、学校文法では形容詞にあたるものも含んでいた。これも、現在の一般的な品詞分類には、そのままは受け継がれていない。ただ、「深い」のような語が、「走る」のような語と、活用する点で共通する、という観察は、今も、用言(活用する語)という括りのなかで、引き継がれている。

分からないこと

この特集で読めたのは、『標準日本文法』のごく一部にすぎない。 660ページを超える本のうち、私たちが読んだのは、総論と、原辞論の総説、品詞論の一部だけである。第四編・第五編の「縦的偶性」「横的偶性」(動詞の活用や、格の関係の細かい体系)は、読んでいない。松下文法の価値は、この細かい体系を含めて、はじめて評価できる。

松下が、生前に、どう受け止められたかも、この特集では、確認していない。 近年、その業績を振り返る論考も出ている(例:益岡隆志「松下大三郎」『日本語学』第39巻第1号、2020年)。ただし、内容は確認していない。

生き残った 形式名詞という用語(者・こと・所・筈・ため) ただし、呼び名が松下に始まるかは未確認 採られなかった 助詞・助動詞を品詞から外す五品詞(学校文法は、付属語として十品詞に数える) 「靴」の観察(それだけでは自立しない)は、学校文法も共有している 未確認 縦的偶性・横的偶性(活用・格の体系)/生前の受け止められ方 『標準日本文法』660ページ超のうち、この特集で読んだのはごく一部 図:ToL(一般に知られる整理による。個々の論文の逐一確認ではない)
松下大三郎の仕事の、三つの採点。図:ToL

まとめ

論点現在の扱い(一般的な整理)
形式名詞用語として、今も広く使われる。呼び名の起源は未確認
五品詞(助詞・助動詞を外す)学校文法には採られず、助詞・助動詞は付属語として品詞に数えられる
「靴」の観察それだけでは自立しない、という点は、学校文法と共通
動詞の広さ「深し」を動詞に含める整理は、そのままは受け継がれていない
体系の大部分縦的偶性・横的偶性などは、この特集では未確認

一言でいえば——松下大三郎は、「を」や「たり」を単語と数えない、という、学校文法とは別の道を選んだ。その道の全体は、この特集では、まだ、ほんの入口までしか見えていない。