学校で習う日本語の文法は、まず文を「文節」に切り、「花を」「月に」「咲きました」のように、単語に、助詞や助動詞をくっつけて考える。この考え方は、あまりに当たり前なので、他の考え方があることに気づきにくい。
松下大三郎(1878–1935)は、その出発点そのものを、疑った人である。「を」や「に」や「たり」は、独立した単語ではなく、詞をつくるための部品だ、と考えた。その考えを、一冊の体系にまとめたのが、『標準日本文法』(1924) である。この特集では、その本を原文で読み、松下文法の基本を、一つずつ確かめていく。
松下大三郎とは
松下は、1878年(明治11年)、静岡県の生まれである。文法研究を深めたくて、16歳のとき、ひとりで上京した。國學院に学び、1899年に、日本で最初の口語文典とされる『日本俗語文典』を発表した。のちに、留学生に日本語を教える仕事に長く携わり、1924年に國學院大學の講師となる。1932年に、学位論文『詞の本性論』を出して文学博士になり、1935年、脳溢血で亡くなった。(以上は、ウィキペディア日本語版による。)
留学生に日本語を教える経験が、「ふだんの日本語」を、文法研究の対象にする姿勢に結びついたと言われる。
『標準日本文法』の見取り図
この本は、六つの編からなる。目次の題は、次のとおりである。
| 編 | 題 | 中身の見当 |
|---|---|---|
| 第一編 | 総論 | 言語と文法学、声音、文字、思想、言語の体系、文法学の体系 |
| 第二編 | 原辞論 | 「を」「に」「らしい」など、詞の部品を扱う |
| 第三編 | 念詞本性論 | 品詞とは何か、その分け方 |
| 第四編 | 念詞の縦的偶性論 | 名詞や動詞の性質(動詞では、動作の相手をどう扱うか、など) |
| 第五編 | 念詞の横的偶性論 | 名詞や動詞の、格 |
| 第六編 | 念詞相関論 | 詞と詞の関係 |
題は、難しい。だが、中身は、案外、身近な問いである。
この特集で読む三つのこと
第一に、言語の三つの単位。 松下は、言語を、三つの階段に分ける。「断句」(話の単位)、「念詞」(略して「詞」)、そして「原辞」(詞の部品)である。「花を」や「咲きたり」は、一つの詞であり、「を」や「たり」は、その部品だ、と言う。(やさしい解説①)
第二に、品詞。 松下は、日本語の品詞を、五つに整理した。従来の九品詞(名詞、代名詞、動詞、形容詞、副詞、接続詞、助詞、助動詞、感動詞)から、助詞と助動詞を外す。その理由は、「人と靴」の比喩で語られる。(やさしい解説②)
第三に、「これ」「それ」の正体。 「これ、何をする」の「これ」は、代名詞なのか、感動詞なのか。松下は、代名詞は、感動詞にも変わりやすい、と言う。名詞のなかの、「形式名詞」(「者」「こと」「筈」など)も、松下の用語である。(やさしい解説③、精読②)
この特集の読み方
松下の用語は、独特で、難しい。この特集では、次のことを守る。
- 原文の言葉で、まず読む。 引用は、原文と、現代語訳の両方を示す。
- 確かめられたところだけを書く。 『標準日本文法』の全体は660ページを超え、その多くの部分(縦的偶性や横的偶性の細かい分類)は、この特集では、解説しない。
- 「現在の扱い」は、最後にまとめて、一般に知られた整理として書く。(判定の記事)
まとめ
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 松下の出発点 | 「を」「に」「たり」は、単語ではなく、詞の部品 |
| 三つの単位 | 断句(話の単位)・念詞(詞)・原辞(部品) |
| 品詞 | 五つ。助詞・助動詞は、品詞から外れる |
| 「これ」「それ」 | 代名詞だが、感動詞にも変わりやすい |
| 主著 | 『標準日本文法』(1924)。六編、660ページ超 |
一言でいえば——松下大三郎は、「を」や「に」を単語と見ることをやめ、日本語の文法を、部品と詞の関係から組み立て直した。